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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

ジョン・コナーの初恋

創作

 従姉妹のシュワちゃんが結婚する。シュワちゃんとは年も六つ違いで、俺からしたら大人のお姉さんという印象があった。それでも実家同士が近所だったので子供の頃は一緒になって遊んでいたこともある。水鉄砲を撃ちながら屈託のない笑顔をしていたシュワちゃんを俺は今でも覚えていた。

 上京が決まり実家で荷物をまとめていたところにシュワちゃんが訪ねてきて「寂しかなるね」と俺に言った。俺は「シュワちゃんもたまには遊びに来んと?」と誘ってみた。シュワちゃんはニコッと笑って、その時は案内よろしくみたいなことを言った。俺はこの時、シュワちゃんが近くにいない生活を想像して、引越しも終わらないうちからホームシックを感じていた。兄弟のいなかった俺にとって、シュワちゃんは実の姉のような立ち位置にいて、でも家族とはまた違った距離感があって、つまり俺はシュワちゃんが好きだった。

 どうにもならない、ということを何時間も考えて悶々としながら過ごした時期を越えて、すっかりシュワちゃんの影がちらつかない生活も当たり前になってきた今日この頃、俺はシュワちゃんの結婚式に参加する。民子姉ちゃんがターミネーターになって最終的にシュワちゃんになった。今考えるとバカバカしくてかえって可笑しくなるけれど、シュワちゃんはやっぱりシュワちゃんだった。控え室に案内してもらった俺は花嫁姿のシュワちゃんをみてちょっと悔しくなった。

「たっくん、おかえり」

「あいるびーばっく」

「なに言いおっと?もう帰っちるじゃなか」

 シュワちゃんは笑った。確かにそうだ。だけど俺が言いたかったのはそういう意味合いにおいてではなくて、でもそんなことどうでもいいくらいにシュワちゃんの笑顔が、あの水鉄砲振り回してた頃、初恋の俺が見たそれとおんなじだった。

 

 

loss an angel

創作

「わたしここでドロンします、シュシュシュ」

 そう言って長澤まさみは僕らの前から姿を消した。あれから幾年もの時が過ぎて、その間に様々な出来事が起きた。山は噴火を繰り返し、雷鳴は延々轟いて、暴風勢い鳴り止まず、大地はひび割れ邪神は復活を遂げた。それでも僕の気がかりは長澤まさみロスに尽きた。彼女はどうしてドロンしてしまったのか。僕は飲み会の最中、この時が永遠に続くことを願った。だってあの長澤まさみだぜ。僕はただその場にいられるだけで幸せだった。しかし一抹の我欲を覗かせてワンチャンアオォーンンを期待したのがよくなかったのか長澤まさみはドロンしてしまった。あの時、僕がもっと必死に引き止めていたなら、世界はこんなにも荒廃しなかったのではないか。そんな後悔が尽きなかった。人類は邪神一派の奴隷として来る日も来る日も奴らの棲まう城の外壁にサンリオのキャラクターの似顔絵を描かさせれた。各々担当が決まっていて僕は「ハンギョドン」ブロックの班長になっていた。先日「バッドばつ丸」ブロックの一人がばつ丸の絵を描かなくてはならないのに途中で精神かゲシュタルトが崩壊を起こし伊集院パンダバを描き始めてしまった。邪神はその辺律儀でばつ丸の発注に対して伊集院パンダバを描くとは何事かとし、ばつ丸ブロックのそいつは紫の雷に打たれて髪の毛ひとつ残されなかった。僕たちハンギョドンブロックも作業を途中で中断し、みんなで伊集院パンダバの絵を拭き落とす作業を手伝った。

「班長!俺もう嫌です!なんでこんなこと続けなきゃならないんだ!実家に帰って井村屋のあずきバーが食いてえ!助けてください!誰か!助けてくださいぃ!」

 同班の後輩が荒廃した大地の中心で愛を叫んだ。よく分かる。それは人類の総意だ。しかし僕には彼を救ってやれない。

「実家なんて、もうねえだろ」

「……助けてください!誰か助けてくださいぃ!」

 黙れ小僧!それ以上僕に森山未來×長澤まさみのインスピレーションを与えるんじゃねえ!僕は長澤まさみロスを意識してしまった。そうだ。このくだらない終末世界に長澤まさみはいない。ドロンしたから。なんでドロンしちまったんだよ!どうして!どうして……

 僕は伊集院パンダバを消していた雑巾で涙を拭った。頬に塗料が付着する。でも良かったんだ。こんなクソみたいな世界で長澤まさみはその不幸を知らない。僕は長澤まさみがどこかで幸せならそれで構わない。いくらだってハンギョドンを描いてやる。いくらだって。いくらだって。

 

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Embarrassing Today

創作

 階下から母親の声が聞こえてくる。自室ではけたたましい音で目覚まし時計が鳴り響き、携帯電話のアラームも何度目かのスヌーズを更新していた。それでも菱谷弥生の覚醒はいまだその時を迎えなかった。「あと五分……」それが積み重なって五分の概念が覆される度に弥生の微睡みは深まるように思われた。

 弥生折しも十六歳。とはいえ平日の誕生日にこれといって普段と差異はない。ただいつもの血圧の低さと同調してテンションは全く上がらず、叶うことなら学校を休んで眠り続けることが彼女の望んだ最高のプレゼントだった。それを許さないのが母、菱谷恵子は覇道という名の階段を突き進み、弥生の部屋のドアを突き破らんかの勢いで開くとパジャマの襟を掴み倒して一言告げた。

「お誕生日、おめでとう!」

 台詞に反して般若の母に弥生は為す術もなく、制服に着替えるとそそくさと家を後にした。目覚めてしまえばせっかくのバースデー。最高の一日にしたいと思った矢先に運転中の自転車のチェーンが妙な音を立てて絡まり意思に反して停車した。弥生の身体にはいまだ加速が残って前方へと吹っ飛んだ。一瞬なにが起こったか理解できなかった弥生の身体は死者という感じで倒れていたが、再び腰を持ち上げると魔のアンチロックブレーキシステムを発動した自転車を蹴り倒してそのまま乗り捨て通学路へと復帰した。

 学校に着いた傷だらけの弥生を見た級友の栗野粟子は「そなたこそ一騎当千の猛将よ!」と言って茶化す。弥生は鞄で粟子の頭を張り倒すと「敵将!討ち取ったり!」と返して教室に入った。

 普段と同じ時間が過ぎていく。果たして誕生日などとは只々加齢に花を添えた綺麗事ではなかろうかと。傷が疼く。この柔肌も近所のE.T.みたいに皺くちゃなババアのようにいつかは溝深く刻まれていくのだろうと思うと「こうしちゃいられねえ!」とノロとエンザが同発したなどと告げ早退を決め込むと追手の指導教諭を振り払い足早に校門を突破した弥生は完全究極健康体だった。

 さて時間の浪費を怖れた弥生は時間だけを浪費していた。財布を覗けば小銭と埃だけがチラついて、なけなしの金で買ったカップ入りの炭酸飲料に入った氷を口に含んで公園の鳩を射撃していた。地に落ちた氷に鳩は一瞬興味を示すも、それが豆では無いと知るや弥生のそばから離散した。孤独を噛みしめる十六年目の今日、園も日暮れて闇は心までもを覆い隠そうとしていた。すると覇王恵子からラインでケーキの写真が送られてきた。自分のバースデーケーキである。その直後にメッセージ音。

「サボったな。殺す」

 弥生は空を仰いだ。赤く染まった夕空が今朝のかすり傷を照らす。再び顔を下ろすと溜息をついて今日という日を思い返した。自転車を失った日、そのように刻まれると弥生はシーソーから立ち上がる。

「イーティ〜、オウチ、カエル」

 

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犬のお巡りさん困ってしまってホンキー・トンキー

創作

「ちょっと君?こんな遅くに何してんの!」

「深夜徘徊」

「……。だろうね!ダメじゃんか!君、未成年でしょ?」

「成人済み」

「はあん!?なら身分証見せて」

「身分……」

「免許証とか保険証とかあるでしょ?マイナンバーでもいいよ」

「人には身分や体裁を意識しだした頃から拾わなくていいものを拾い上げ、捨ててはならないものを捨ててきた歴史がある」

「何の話?じゃあ証明できないってことね?」

「神や悪魔の力を証明しようとした人たちは、とどのつまりそれを掌握したかったんだ。けれどそんなものはないことを私たちは知ってしまった」

「わかった。ご両親は?なにしてるの?」

BOØWYのコピバン」

「ニューヨークッ!ニューヨークッ!ちゃうわ!今なにしてるんだって聞いてんだよ!」

「シャワーを浴びテェイ」

「コロンをたたきウインクひとつでこの世を渡る!」

「シーハビューティフェエイ!」

「シーハビューティフェエイ!」

 

 深夜の曲がり角。BOØWYの「NO.NEW YORK」が聴こえたなら松井常松なみの直立不動ダウンピック八分弾きでセッションしような!

一月二日

随筆

 久しぶりに祖父に会った。彼が私のことなどどこの誰かも分からなくなってしまって久しい。積極的に言葉を(声として)発することもない。ベッドの上で穏やかにうたた寝していたところに私は顔を見せた。

「こんにちは」

 まるで他人行儀な私だ。

 

 祖父との想い出を振り返ると、私がまだ小学生だか中学あがりたてだったくらいの頃に『スターウォーズ エピソード1』を観に行ったのを覚えている。私は祖父と二人きりで劇場の外の長椅子に腰掛けて上映開始の時を待った。いざ劇場内へ案内されるとスクリーンには映像が流れていて「予告かな?」と思いながらじっくり見ているとじつは映画のクライマックスだった。どおりで案内直後にもかかわらず座席に人がいっぱいなわけである。結果的には結果を遡る形でスターウォーズを見た私はそれでも楽しんだように思う。祖父も内容が分かって言ってるのか「おもしろかったか?」と私に問い「うん」と頷く私だった。

 その後は豚カツを食べに行ってガチャポンを二回ほど回し(そこにいなかった弟への手土産として)帰宅の途についた。

 私が思い出す祖父とはそんな感じだ。まだはっきりとした意識があった頃の祖父が、帰郷した私を父の友人と勘違いして挨拶した時、私も少しびっくりはしたがあまり気にしなかった。それが次に会う前に父から報せが入り祖父が倒れたことを知った。祖父と交わした最後の会話は「僕やで」「そうか」のそれだけだった。

 

 祖父が入院してから会いにくるのは二回目だ。地元を離れて中々に帰らない私を祖父は誰だと思って目を合わすのだろう。私も祖父をどこか以前の祖父とは違う誰かとして見ているのかもしれないと妙な考えを持った。

 ただベッドの横に立っていた私。うつらうつらと横たわっている祖父。会話のない時間が過ぎて、向かいのベッドの患者さんが見ているテレビ番組の音だけが流れていた。

 さて帰ろうかと思い、私は祖父に手を振った。「また来るよ」と一言いって、それがいつとは約束しない孫である。

 祖父は私に手を振り返した。それまでろくな反応もなかった祖父が私に手を振っていたのだ。おまけに目元から涙を零しやがる。なんだよ。やっぱりおじいちゃんやんか。

 

 私は自責を感じながら、いい大人のくせをして泣いた。声こそあげなかったもののひどい顔だったように思う。不孝者の孫だ。可愛げのない自分勝手な私を祖父は可愛がってくれた。それを邪険にしたこともある。私の名前を呼んでくれることはもうないだろう。いろいろ悔やんでも遅いということはままある。ただ、それが何かを取り戻すわけではないとしても、私はその後もしばらく祖父のそばにいることにしたのだった。

 

 病院から家に戻る時、道草してスターウォーズのDVDを借りて帰った。 

 

 

 

 

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一月一五日

随筆

 早く起きて散歩した。むちゃくちゃ寒くて後悔した。けれど体を動かすことに意義があると信じた。寝床は底なしの沼であり足をすくわれる前に抜け出なくてはならない。引き抜かれた直後のマンドラゴラが如き悲痛な呻きとともに目覚め、なんとか奮い起たせた鉛のボディを引き摺って外に出た。雪こそ積もらねど、その冷えは身を引き裂く。それでも行かねばならぬ。目的地といった明確な場所はないけれど歩かなくてはいけない。真の覚醒たるや未だ暁を覚えてはいないのだから。

 笠地蔵の気持ちを考えていた。雪の中、石の体を引き摺って恩義に報いるその姿が自分に重なる。違うのは自分がそのような聖人の魂ではないだけだ。それだけのことだが大きな違いであった。自分は聖人ではないからすぐにコンビニに入って暖をとる。フィッシュバーガーとコーヒーを買って休憩コーナーで休憩した。部屋でウダウダするよりはなんぼかマシだと言い聞かせ、再び重い腰を上げ駐車場までやって来た。そういえば知り合いの荷物を預かりっぱなしだったので届けようと思ったのだ。

 留守。電話をかけると今実家だと言う。奈良。奈良はしんどい。奈良まで行くのはしんどい。知り合いが良いと言うので玄関先に置いてきた。笠地蔵。

 再び車を停めて部屋に帰ると即座に怠惰を司る悪魔の声がする。まさかと思い便所の扉を開くとベルフェゴルが鎮座していた。

「うーっす」

「去れ!」

「布団、温めておいたよ」

「なに!?……冷え冷えじゃねいか!」

「頑張るなよ」

「やかましい!」

「一眠りしようぜ」

「だまれ!」

「布団、温めておいたよ」

「冷え冷えじゃねいか!」

 きりがないので便器に押し込んでレバーを捻り倒したエクソシスト私はシャワーを浴びて体を清めた。

 仕度をしてモスバーガーに来たのだが朝もハンバーガーを食べたことをすっかり失念しているあたり悪魔の凶悪さを恐ろしく思う。しかし店内でお召し上がることを承諾済みだった私は引くに引けぬ状況で昼もハンバーガーと相成った。

 またしばらく歩いた。すっかり冬である。シャワーなんかやめときゃ良かった。やってて良かったのは公文式だけだ。山の方では雪が積もるという。積雪はないが寒ければ寒いとしか言いようもない。それでも眠ってはいけない。私は歩き続けなくてはいけない。

 立ち寄った喫茶店で爆睡した。お疲れ様ですとご主人。ベトベトンみたいな涎を引いて恥じらう。某SNSを開くとポケモンの話題がある。ポケモンといえば金銀で歴史を綴じた自分にはよくわからない。けれど知った人同士が共通項で盛り上がると興味が湧くのは悲しい人間の性である。財布を開くとゲーム機とソフトを買っても釣りがくるくらいには金がある。だがあるというだけで、それをポケモンに使用することは給料日までのあと幾日を霞を食って過ごすことを意味していた。何匹ピカチュウイーブイを捕らえて愛でたところでチロルチョコ一粒の輝きには勝てないのである。いくら買えるものとはいえ、うまい棒マスターカードで買いますか?私はそっと財布をしまうといつものように本屋を目指した。

 本屋に着くと、年末に掲げし私的SF元年とする本年の在り方を思い、それに基づいて散策した。先ず足穂である。私は稲垣足穂の熱心な読者ではない。家に帰れば『ヴァニラとマニラ』が置いてあるくらいで殆ど触れることはない。けれどいつだか読んだ三島の足穂作品の評が良くて、それは足穂が良いのか三島の力かはさておき、しっかり一冊読んでみたいと前々から思っていたところ、文庫では分冊だった『ヰタ・マキニカリス』が一冊となって出ていたので買ってみた。

 さて足穂はSFかという問いに対して、私はこう答えるだろう。「知らんがな」と。そう、私は稲垣足穂を知らないのだ。けれど直感的な嗅覚が語るに、本自体の放つオーラみたいなものが私の掲げたSF元年という意味合いにひどく合致していたのだ。で冒頭の一作「黄漠奇聞」を読み進めると《星》にまつわる話である。この分かりやすさが元年に相応しい。

 今年は先ず飛浩隆『グラン・ヴァカンス』を読み切ることが第一の目標で、この作品については正直何度か挫折している。『象られた力』を読んだ時にはワクワクが止まらず一気に行けたのだけど、その流れで廃園の天使シリーズに手を出した結果もっと面白く、かえって許容を超えて「今はアカン!」みたいな気持ちになり封印してしまった。あらためて読み始めるとやっぱり楽しくて、また違うのかもしれないけれどいっときラノベを漁っていた頃(ブキポとかキノ旅)の現実を殺してくれる世界観が広がってくる。だからやっぱりこれを今年最初の一冊にしたいので足穂はある程度で止めておくとしよう。

 とまあ第一目標を掲げつつもせっかくやってきた本屋であるからもう一冊くらい買ってもいいよね?と声がする。先程現実に勝てなかったポケモンとは打って変わって書籍ならオッケーみたいな甘さがある。それもしゃらくせーー!!の一言で片付けてしまって私が選んだのは新井素子星へ行く船』だった。

 何故かわからないけれどまったく読んだこともない新井素子作品を絶対に好きなやつみたいに思えるのはこれまた直感だったけれど、さわりを読んでみるとやっぱり好きなんですよ!

「おいおい、またシリーズものかい?」そう、『星へ行く船』はシリーズで、私が買ってみた新装版のやつは五分冊の予定という。近年遅読ぶりの甚だしい私がはたして最後まで読み切れるのかという問題だけれど……「そんな瑣末なことにこだわりだした時から物事は色褪せていくんだよ」と近所のネイティヴアメリカンがそう言うのだ。ただこの勢いあるうちに今年は精進していこうと思います。

 

星へ行く船シリーズ1星へ行く船

星へ行く船シリーズ1星へ行く船

 

 

 

 

 

 

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きょむクモッ!② 犬神八ツ墓ドグラ村殺人事件 其ノ一

きょむクモッ!

 どうも、お久しぶりです。蟻吉です。すっかりご無沙汰なのでお忘れの方も多いと思いますが詳しくは「きょむクモッ!① - モンターグの貸出票」を御覧ください。

 さて、どうして僕が再び登場したかと申し上げますと、僕たち同好会《きょむクモ》が遭遇したとある事件について語らねばなるまいと思ったワケではないのですが青子さんがどうしてもと泣き喚いて聞かないので仕方なく参ったワケであります(まいったまいった白髪が増える)。

 というワケでこれより先はその事の顛末を神の視点蟻吉によって紐解いてまいりたいと思います。皆々様ご静聴のほどよろしくお願いします。

 

「アリョーシャ、事件のにほひがプンプンするね♪」

 僕たちは合宿という名目である場所を訪れた。そこは犬神八ツ墓ドグラ村と云った。千葉県東京ドイツ村くらい意味のわからないその村には、かつてペストを罹患した落武者が迷い込み、半狂乱となって村人を殺戮するに至り、最後は壁紙が黄色い部屋に立て籠って自刃しすべてがFになったという噂があった。これだけ聞いて〆切に困ったシナリオライターの雑な仕事としか思えない僕はあまり乗り気ではなかったのだが青子さんがどうしても行ってみたいと泣き喚いて聞かないので仕方なくやって来たのである。最初は馬鹿にしていた僕も犬神八ツ墓ドグラ村に踏み入った瞬間は妙な悪寒におそわれて、所謂「予感」というやつなのかと思ってしまった。

「どうだい?どうだい?アリョーシャ!この空気!犯人はこの中にいる!」

「いやいや、何ぬかしてるんですか。なんにも起きてないでしょ」

「青子が言うとることもあながち馬鹿に出来ひんで。なんか寒なってきた」

「真冬ですからね。てか小栗さんまで馬鹿なこと言わないでくださいよ。僕らはあくまでひと冬を同好会メンバーとして親睦を深めるためにですね」

「アリョーシャ、君こそ何ぬかしとんねん?こんなワケのわからん集まりがワケのわからん村で何の親睦を深めるちゅうの?」

「紅音!私たちは崇高なる志しのもとに集った同志ではないのか!?いわば円卓の騎士!ナイツオブラウンド!」

「アリョーシャ、あいつの相手はあんたに任せるわ」

「ヤですよ」

「お前らの血は何色だ!!」

「「赤です」」

 青子さんはナイツオブラウンドだなんだと言うが、藍美ちゃんさんは海外暮らしの頃の友人を訪ねてロンドンに渡ってしまっていたし、もう一人のメンバーである穢土川翠(えどがわみどり)は相変わらず幽霊部員ニューヨークの幻状態で、村を訪ねたのは僕、青子さん、小栗さんの三人だけだった。小栗さんは村の曰くよりも温泉目当てだったし、僕といえば冬休みの宿題がさっさと終わって暇だったからに過ぎない。しかし僕はもっとその余暇の使い道を重んじるべきだった。これから僕たちを巻き込んだ悲惨な舞台の幕はこの時すでに上がっていたのである。

 僕たちを出迎えてくれたのは小さな女の子だった。旅行会社から聞いていた現地のコンダクターの名前が「きょうごくなつひこ」だったので、もっと胡散臭い番頭という感じの中年男性を想像していた僕は拍子抜けした。

「えっと……」

「どうも、ようこそドグラ村へお越しくださいました。私が皆さんのご案内をさせていただきます鏡極夏妃古(きょうごくかひこ)と申します」

 確かにまだ子供なのだが(僕もだが)小学生と言われれば驚くほどにそうは見えない鏡極夏妃古の丁寧な口調に僕はもう一つ拍子抜けした。

「ああ、“なつひこ”じゃなくて“かひこ”ちゃんなんだね。納得納得」

「それでは皆さま、お宿は此方になりますので私の後に付いてお参りください」

 夏妃古ちゃんの立ち振る舞いはこの中の誰より大人びていた。しっかりした子という印象がある。僕たちは彼女に案内されてただただ言われるままに宿を目指したのである。その宿というのがよりによって噂のペスト武者が自刃したという最期の場所を現代に残す宿なのである。そんでもって青子さんたっての希望により僕らが泊まる部屋こそ、その黄色い壁紙の部屋なのだった。

「青子さん、部屋の表札見ました?」

「みた。癙の間と書いてたな。あの案内幼女曰くペストと読ませるらしい。黒死病と言いながらこのレゴばりの芥子色……趣を感じる」

「感じませんよ!だいたい未成年の男女がおんなじ部屋で寝泊まりするのはいかがなものかといかがなものかと!!」

「アリョーシャは案外ウブなんやな。心配すな。あんたはウチの好みやない」

「聞いてないわ!そういう問題じゃなくてですね!」

「本当にここで落武者が腹を切ったなら血飛沫の後があってもいいものだけどな」

「そんな部屋誰が泊まるんだ!……僕らか!」

「事故物件みたいなもんか?」

「お客様」

 襖が開くと夏妃古ちゃんはそこにいた。その透き通るような白い肌にまるで常世の住人かといった異質さをおぼえさせるとともに背筋を震わせた。ザ・俗物という感じの青子さんや小栗さんとは似ても似つかぬ女の魅力みたいなものを感じていた。しかしそれを深追いするのはあまりに危険だとも。

「お客様、落武者の話はあくまで噂に過ぎません。このドグラ村では過去何百年と遡ってもそのような血生臭い事件があった記述などございません。どうか安心しておくつろぎくださいませ」

「ダメよ!それじゃあここに来た意味ないもの!私たちは血生臭いのが欲しいのよ!」

「一緒にするな!ごめんね夏妃古ちゃん、この人は頭がおかしいんだ」

「お客様……お優しいのですね」

 そう言って夏妃古ちゃんは初めて笑った。僕は胸を射抜かれた。不覚にも僕より五つか六つも年下である彼女に鼓動の高鳴りを覚えたのだ。恋しちゃったんだ、たぶん、気付いてないけど。指先でメッセージを送りそうになるのを自制心でなんとか抹殺して「そんなことないよ」と年上ぶってみせた。

「アリョーシャ、犯罪だぞ」

「何を言っている」

「あんた、あの子いくつや思とるん?」

「意味がわからないな」

「君のわかりやすさときたら」

「やめろ!そんなんじゃない!だいたいあんたたちみたいな変人相手に日々を送る僕にだってオアシスがあって然るべきだ!」

ノエル・ギャラガー?」

「黙れ!僕は温泉に入る!温泉に入るぞ!」

 小っ恥ずかしさを隠しきれず離れの温泉へと足を運んだ僕は途中奇妙なものを見かけた。それは後ろ姿からも異質な空気を漂わせていた。ユニクロが盛況の時代に甲冑を纏ったそれは僕にこの村に伝わる噂を思い出させる。やがて甲冑は此方に振り向こうとして僕は全力で現実逃避を試みた。

「逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ」

 いつの間にか甲冑は見えなくなり僕は全裸で岩の上に立ち風を感じていたのだ。思えばティーンエイジャー風情にはあまりに豪華な旅だった。親の監視がない場所で午前中から温泉に浸かるのはなんだか大人になった気がして鼻が高くなる。それが破格の値段で提供されていて十代の僕らの小遣いで手が届くほどなのでもっと人が集まってもおかしくないのにと思っていた。その時までは。

 

「アリョーシャ!見ろ!蟹だ!真昼間から蟹だぞ!かにかにかにかに!」

「こっちはサメかいな?」

「や、ヒラメでしょ。どっからジョーズ出てきたんだよ」

「こんな山に囲まれた村で驚きの海鮮力!」

 確かに不思議だった。夏妃古ちゃんが言うに料理長が市場まで買い付けに行っているらしいが、この村から最も近い距離にある市場までは相当な距離だった。しかし出される料理がみな新鮮で、一度その味に魅入ってしまえばそれは瑣末なことだった。

 夏妃古ちゃんはこの宿を切り盛りする女将の一人娘だった。もっと小さい頃から旅館勤めとしての接客のノウハウを女将から厳しく叩き込まれたらしい。そんな女将の厳しさも夏妃古ちゃんは母の優しさだと言った。あまりに出来すぎた童女の思考回路に僕は自らを恥じたくなった。ふと横に目をやるとメダパニダンスをくらって一緒に混乱しながら朝まで踊り続けるような先輩が二人いて侮蔑以外の感情が見つからない。僕は夏妃古ちゃんとの将来を思い描いた。旅館の若旦那、悪くない。

 夏妃古ちゃんの休憩が終わる頃合いで僕は夕食前にもうひとっ風呂浴びようと温泉に向かった。しかし、先ほど妙なものを見たあたりに差し掛かると嫌な気持ちになって目を瞑って突っ走ろうとした。その時ドンと何かに当たる感触があって目を開けると、そこに大きな人影を見た僕は落武者に斬られる時出来るだけ痛くないよう気絶した。

 

「蟻吉様!蟻吉様!大丈夫ですか?」

 意識が少しずつ戻る中、僕は夏妃古ちゃんの声を聞いた気がして飛び起きた。

「蟻吉様!残念でしたー!ウチやウチ!」

「小栗、テメーだけは殺す!」

「わー♪」

「ちょっと紅音。あんたからかいすぎよ。たとえロリコンど畜生のアリョーシャにだって生きる権利があるの」

「夢野、テメーも殺す!」

「せやけどあんたほんま大丈夫?ここの使用人のおっさん、えらい申し訳なさそうにしとったで。強面で驚かれたことはようさんあるけど気絶されたんは初めてやて。笑うわ」

「そうですか。こっちこそ悪いことしちゃったな。でも違うんです。僕見たんですよ」

「何を?」

「最初に温泉に向かった時、傍の茂みの奥に甲冑姿の人影を」

「詳しく聞かせろアリョーシャ!で!?で!?早く!」

 青子さんの目が輝きはじめた。そのギラつきは真夏の太陽。

「僕、怖くなって逃げたんですけど追ってくる様子はなくて。だからまたそのあたりに来た時、たまたまその方を落武者と勘違いしてしまい」

「アッハッハッハ!え?何?あんた落武者伝説めっちゃ気にしとるやん。ションベンちびらんかった?ムーニーマン買いに行こか?」

「テメーって奴はよ!」

「これではっきりしたわね。落武者はいる!」

「めちゃめちゃぼんやりしてると思いますが僕もちょっと気になりますね」

「ほな今から行こや」

 小栗さんの提案に静まり返る部屋。目をそらすとどぎつい黄色が飛び込んでくる。

「なんや。そんなもんかい。きょむクモっちゅうのは」

「ち、違うわよ!ただ準備ってもんがあるでしょ!」

「何を準備すんねん?刀か?お札か?」

 僕が言うのも何だけれど青子さんはミステリ好きのわりにめちゃくちゃビビりだった。猟奇的な事件はそれがフィクションだから全身全霊楽しんでいられるわけで、実際に人の死が見たくてたまらないなどというサイコではない。黙っていればそれなりに美人だったし頭も良くて、趣味に盲目なのは玉に瑕とも言えたが良いところとも思えた。一方、小栗さんはどこか得体の知れぬ強い純粋さがあって、それは時に冷酷だったりする。猫が雀を弄ぶ様にワーキャー言ってる女子を尻目に「二度とから揚げ食うな」と冷たい目で言ったりする。二人がいいコンビだと思うのはそれが支え合いのようにお互いのちょっと行き過ぎたところをカバー出来ているからだ。その中で一緒に騒いだりするのは僕にとっても実は居心地が良かったりするのだ。ここにいない藍美ちゃんさんや翠もそこの波長が合うのだと思う。

「蟻吉様、申し訳ございません。うちの者が大変なご無礼をいたしまして」

「あ、いえいえ。悪いのは僕の方でして」

 女将の鏡極阿彦(きょうごくあびこ)さん。つまり夏妃古ちゃんのお母さんは、えげつないベッピンと小栗さんが言ったようにとても綺麗な人で、その血を継ぐ夏妃古ちゃんがあの年で漂わせる色香も阿彦さんの子と思えば納得だった。

「手前どもにお役に立てることがありましたらなんなりとお申し付けください」

「や、ほんと大丈夫ですから。ええ」

「夏妃古ときたら蟻吉様に何かあったらなどと泣きだしてしまいまして、そのような顔を見せるわけにもまいりませんので奥で休ませております。申し訳ございません」

「夏妃古ちゃんにもごめんなさいとお伝えください。もう心配ないのでと」

 阿彦さんは優しく微笑み返して部屋をあとにした。次いで落武者もとい大男かつこの旅館の使用人にである万田院灰郎(ばんだいんはいろう)がやって来て、おでこから火が出るのではないかと言うくらいに擦り付けて謝罪した。僕は申し訳なさから彼以上にデコ火起こしに応じたが傍目から見て異様な光景だったと思う。万田院さんはその身なりに反してめちゃめちゃに人の良い方で、森の奥で肩に小鳥を宿す巨人という感じだった。

 万田院さんの誤解が解けたところで僕たちきょむクモは再び落武者の影を見た場所へとやって来た。

「ちょ、アリョーシャ!あんた男でしょ!先に行きなさいよ!」

「は!?青子さんが落武者見たいってったんでしょが!先行ってくれよ!」

「ほんまにあんたらは……コラァ落武者!出てこんかい!ワレェビビっとんか!おおん!?」

「「止めろ!」」

 小栗さんの挑発が届いたのか道の向こうから何者かがやって来る気配があり、僕と青子さんは咄嗟に小栗さんの背に隠れた。

「お前らな……」

 人影は僕たちの前に立つと鋭く冷たい目つきで睨みつけてきた。

「君たち、この村の人間じゃないね」

「ええ、まあ」

「何してるの?」

「観光……です」

「観光?はん!また変な噂につられて……物好きが多いね」

「また?」

「さっさと帰ったほうがいい。この村の連中は昔から《ヨソ者》には厳しいからね」

「落武者への恨み、ってことですか?」

「うわべしか知らない奴にこれ以上話すことはないよ。じゃあね」

 若い男だった。顔は整ってて偉そうでいけ好かない感じだ。ただその男が端々に口走ったことが僕にはどうも引っかかった。うわべとは何のことか?気にはなりつつもそれ以上は何も分からず、僕たちは村を一通り歩いて宿に戻った。夕食も相変わらず海鮮メインの料理に舌鼓を打った。最初の夜はUNOでボロ負けしながら更けていった。

 

 一夜明けて、僕たちはまた温泉までの通り道にやって来た。青子さんは首から御守りを下げていた。安産祈願。まあないよりはマシなのだろう。けれどそれは何の役にも立たなかった。いやに鴉が喧しいのが不穏だった。温泉に繋がる獣道に昨日、僕たちの前に現れた若い男が無惨な姿で転がっていた。首と胴が切り離され、切断面は鴉についばまれ、どう見ても死んでいるのは明らかだった。僕たち三人は不思議と押し黙ってしまった。本当に恐ろしい時は声が出ないのかもしれない。ただ足の震えはいつまで経っても止められなかった。