モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

創作

生垣の果て

そこは延々と生垣が続いていました。向こう側の御屋敷の敷地は一体どれほどあるのか。終わりの見えない生垣の端から端までを確かめるべく、私は生垣を沿って歩いたのです。もう何歩歩いたのでしょうか。腰につけた万歩計を確認します。そこにはGOOD LUCK !…

正体の正体、その実態

上野上みや彦。その正体は地獄の道化師ヘルピエロだった。みや彦の日課はインコの餌やりとポインセチアの水やりだ。普段は日常を日常らしく送りながらうどんより蕎麦を好んで食した。自治体の集会には必ず顔を出し、誰彼構わずすれ違う時は挨拶を欠かさなか…

蜚語蛙鳴館 - 天國の前庭 異聞 - 其の三

六 私が目の覚める頃、柑橘は家にいないということが続いておりました。無力な私はそれを見過ごすしかありませんでした。枕元に置かれた、以前よりも彩りの豊かな食事が私には忌々しく、荒んだ心持ちは感情のままにそれをひっくり返しました。またそれも私が…

蜚語蛙鳴館 - 天國の前庭 異聞 - 其の二

四 山も朱づき神貢が明け、村では禁漁が解かれました。若衆は活気づき、外では舟出を祝う威勢の良い声が聞こえました。私はやはり惨めな思いでそれを聞いておりました。 ある朝、柑橘は云いにくそうに私に告げたのです。私に代わりに漁に出るつもりなのだと…

蜚語蛙鳴館 - 天國の前庭 異聞 -其の一

一 懺悔室。 私は本物の神父ではない。信仰心を持ち合わせていないという点で本物ではないのだろう。そんな私が神父を騙るのは、誰かに救いを与えることで僅かな自己愛を獲得できるからだった。とんだ似非神父だと自ら懺悔してみせよう。神はお赦しくださる…

築不明年のボロアパート。 破壊されたエアコン。 ハネも電源もない扇風機。 冷蔵できない庫。 その手に握られしはスイカバー。 私の唯一の避暑手段。 この何もかも腐敗させそうな極暑にあってスイカバーだけが私を正気へと導いた。霜の降りた薄赤い部分へと…

荷を継ぎ、州に比くす、吼ゆる浪の音

山峡の村に立つ道場の師範は、昨晩からの嵐に荒れる外を格子窓から見遣ってままならんとし、それをピシャリとしめた後の睫毛は濡れて、稽古場の行燈に当てられ輝石のように光っていた。幽暗の中を走って道場まで訪れた三人の弟子は、一様に足が泥に塗れて、…

夕暮れの齢

大人になったら僕はもう子供ではいられないんだ。そう思うといつまでも子供でいたい僕は星が右から左へ、はたまた左から右へと流れるのを期待してずっと夜空を見上げてた。けれどいつまでたっても星はその場で輝き続けるだけで、時折赤い月が気持ち悪く僕の…

赤色

その絵の前で老人はずっと佇んでいた。陽の光も差し込まぬ屋内の展示会でサングラスをかけたまま杖をつき、傍らには孫だろうか若い女が付き添っていた。そろそろいきましょうかと若い女が老人に声をかけたが老人はその場を動こうとしない。困ったように笑み…

acknowledge the elephant in the room

「ねえ!みてみて!ネンド象!」 「どうみてもストーンヘンジなんだけど」 「ストーンヘンジっナンジャコラ!象じゃん!ちゃんと俯瞰してますか?ゾ・ウ・じゃん!」 「駄洒落を思いついたまでは良しとしよう。そのためにわざわざ粘土を買ってきた姿勢も涙ぐ…

OLお昼に中華屋へ

お昼休み。私と冴子は最近職場の近くに出来た中華料理屋にやって来た。「中華飯店 桂馬」この実にスレスレな感じが私達を引き寄せた。店頭には春先にも関わらず「冷やし中華はじめました」の立看板。 「うっそ、もう始まってんの」 「季節先取りってかんじだ…

ヴァンパイア倦怠期

血を吸い飽きた。長年こんなことを続けていよいよ意味が分からなくなってきた。人間が食事に飽きますか?知らん。そんなことは全然知らん。だって私は吸血鬼だもの。人間せいぜい百歳ちょっとの寿命に対して既に千歳を越えて数えるのもやめた私が血を吸い飽…

優等生

病的になったり、思い出して悲しみにくれたりしないでいても、人生に悲しいものがあるということを告白しなければなりません。それがなんであるかは申しあげることはむずかしいのです。 (マンスフィールド「カナリヤ」) 中瀬秋は図書室で封筒に入った一枚の…

でんせつの剣

私がそこに到着した時には真壁琴美が地面に突き刺さった、おそらく剣のようなものの前で立っていた。私の自転車がたてたブレーキ音と地面とタイヤの擦れる音に気がついた真壁はこちらに振り返るなりこう言った。 「でんせつの剣になります」 「真壁、よく考…

新しい朝

新しい朝が来た 希望の朝だ喜びに胸を開け 大空あおげラジオの声に 健やかな胸をこの香る風に 開けよそれ 一 二 三 (「ラジオ体操の歌」) 昨晩から妹が私の部屋に転がり込んで来ていた。妹は旦那と喧嘩したらしく、家出して私にしばらく泊めてほしいと言った…

巨匠と薄まな板

オランウータンの面倒を見だして早三年。私の社会人生活は巨匠と呼ばれるハゲ猿との格闘の日々であった。 「キョショー?」 「最初はキヨシだったんだけどね。なんていうかあの風格だろ?みんな巨匠って呼んでる」 「はあ……」 「大変だと思うけどさ。まああ…

墓地のあの人

通りの向こうに墓地がある。来る日も来る日もあの人はそこにいた。伸びた髪、無精髭。背は高くがっちりとした肩が逞しい。一度も目を合わせたことがなかった。一度も口を聞いたことがなかった。あの人はいつも足下の、誰かきっとあの人の大切な人が眠る場所…

放たれざる生

私には花粉症の人間の気持ちがわからなかった。私は花粉症ではなかったから。この時期はスギがすごいらしい。けれどスギに悩む人間も、人間悩ませのスギ花粉の気持ちも私にはわからなかったのである。 早朝。私はたまたま通りかかった山道で、一匹の猿が飛び…

春になったら

私の祖父は腹話術師だった。町内の幼稚園なんかに呼ばれたりしてそれを披露した。私もまだ園児だった頃、祖父の腹話術を園で見ることがあった。私はひょうきんな演技で子供達を笑わせる祖父が誇らしくもあり恥ずかしくもあるという自我の芽生えの最中で、家…

トスィーエと待つ

私は帰りを待っていた。あの人の帰りを。だけれどあの人は帰らなかった。今のところは。そう思えど「帰らなかった」と過去形の過ぎ去りし日々は私にもう希望を持たせないように一匹の犬を置いていった。名前はトスィーエ。変な名前だがあの人がつけた名前だ…

ジョン・コナーの初恋

従姉妹のシュワちゃんが結婚する。シュワちゃんとは年も六つ違いで、俺からしたら大人のお姉さんという印象があった。それでも実家同士が近所だったので子供の頃は一緒になって遊んでいたこともある。水鉄砲を撃ちながら屈託のない笑顔をしていたシュワちゃ…

loss an angel

「わたしここでドロンします、シュシュシュ」 そう言って長澤まさみは僕らの前から姿を消した。あれから幾年もの時が過ぎて、その間に様々な出来事が起きた。山は噴火を繰り返し、雷鳴は延々轟いて、暴風勢い鳴り止まず、大地はひび割れ邪神は復活を遂げた。…

Embarrassing Today

階下から母親の声が聞こえてくる。自室ではけたたましい音で目覚まし時計が鳴り響き、携帯電話のアラームも何度目かのスヌーズを更新していた。それでも菱谷弥生の覚醒はいまだその時を迎えなかった。「あと五分……」それが積み重なって五分の概念が覆される…

犬のお巡りさん困ってしまってホンキー・トンキー

「ちょっと君?こんな遅くに何してんの!」 「深夜徘徊」 「……。だろうね!ダメじゃんか!君、未成年でしょ?」 「成人済み」 「はあん!?なら身分証見せて」 「身分……」 「免許証とか保険証とかあるでしょ?マイナンバーでもいいよ」 「人には身分や体裁を…

ワイン農家の娘と風車小屋の住人

あの風車小屋には誰かが住んでいて、その誰かはとても頭のおかしな人だから、わたしと弟は両親から決して近づかないようにと子供の頃から言われてきた。 わたしの家はワイン農家で、この時期は収穫を終えた葡萄をいよいよお酒に加工していくのだ。今は衛生上…

ドーナツ化船長

「もう一度確認します。あなたはキャプテン…….なのですね!」 「なんど言えば分かってくれる?私は紛れもなくこの船のキャプテンだ。少なくともここから半径10メートル以内で私ほどキャプテンなキャプテンはいない」 「生年月日」 「3069年4月26日。同じ誕生…

鳥獣保護区

「ですね。ここは鳥獣保護法に守られた鳥獣保護区でありますから、鳥獣は保護されています」 ダンッ! 「今何か大きな音が」 「大したことじゃありませんよ。なにせ鳥獣保護法によって守られた鳥獣たちのための鳥獣保護区ですよ。鳥獣が銃撃されるわけもなけ…

Strange banana & Monkey’s magic

祖父はとにかく目新しい電化製品が発売されると年金の大半を注ぎ込んで購入するのが趣味というか癖みたいな感じだった。祖父の自室は彼の玩具箱で踏み場もないのにルンバがあり、ダイソンの掃除機と扇風機があり、電子辞書、ハンドミキサー、スチームアイロ…

鬼退治部

槇山は焦った。思いの外、鬼という生き物は強かったのである。後輩の須々木が鬼の大木のような腕で薙ぎ払われ壁に叩きつけられ血を吐き瀕死の重体に追い込まれ、須々木とは彼氏彼女の関係だった深津が大声で泣き叫んでいた。 鬼ヶ島B地区。それが彼ら県立牛…

さいは投げられた

さいは投げられた。体長三六〇センチ、体重二・二トン。おとなしい性格で争いを好まず、日中は日陰で過ごし、偶に水辺に出ては水を舐め、いつも決まって檻の右端に糞をする。独居老人のような風情の優しいシロサイ、マーノルド(愛称、マーちゃん)は投げられ…