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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

夕暮れひよこ饅頭

 妹とは歳が三つ、三つだけはなれていた。たった三年の誕生日のちがいがわたしに妹を分からなくさせた。妹は奔放だ。そうだと思う。口数は少ない。目もいつだって座っていて眠そうな顔をしているのに家中を走り回ったりする。お母さんはそんな妹をとっつかまえて尻を引っ叩く。それでも目の座ったままの妹を見てわたしは可笑しくて笑った。痛みを感じないって怖いな、そう思った。学校までの行き帰りはわたしが妹の保護者だった。一度わたしが寝坊して妹はひとりで勝手に先に行ってしまったときがあった。けれどもわたしの方が先に学校に着いて、その日妹は結局登校しなかった。河川敷で一日ネコジャラシを振り回して遊んでいたのだ。そんなバカみたいな話で怒られたのはわたしだ。なんでちゃんと見といてやらないのって。ふざけるなよ。ぜんぶあいつが勝手にやったことじゃん。わたしはその日から一度だって寝坊していない。
 妹がわたしの誕生日にプレゼントをくれた。よく分からない形の粘土のかたまり。なにこれ?って聞くと「ビューーン」と言ってわたしの前から消えた。ビューーンって名前なのかな。ビューーンはわたしの机の上に飾ってある。というかただ置いてあるだけで埃まみれのビューーンはわたしの意識の外にいた。
 わたしは寝坊した。お父さんもお母さんも起こしてくれなくて、だから妹はまた先に行ってしまった。わたしは必死だった。また怒られるのはゴメンだと思った。妹のことをとっとと見つけてぶん殴ってやりたい。あの座った目を見たら何度も殴っちゃうだろうと思った。だんだん日が落ちて、それでも妹は見つからなかった。わたしは泣きそうだった。こんなに悲しくてムカつくことはそうそうない。わたしひとりがこの世界で焦っていた。わたしは途方に暮れて膝を抱えて目を閉じた。すると瞼の裏に見覚えのある形が映る。ビューーンだ。ビューーンはわたしに言った。
「こっち」
「え?」
「こっち」
 ビューーンは妹と同じ声をした。わたしを導いている。目を閉じるたびに「こっち」とだけ言った。わたしは気づけば隣町。ビューーンは「ひよこ」と言った。目の前の公園で妹はバカにはしゃいでいた。
「あんた!なにしてんの!?」
「ビューーン」
「……っざけんなよ!!」
 わたしは妹の胸ぐらを掴んで力いっぱい握りしめた手を振りかぶった。
「ごめん」
 座った目。妹は乏しい感情でそういった。やり場のない拳は力が緩んでそしてほどけた。
「ごめん」
「……もういいよ。帰ろ」
「もうちょっとあそぶ」
「遅くなっちゃうよ。叱られる」
「もうちょっとだけ」
 わたしは目をつぶった。
「もうちょっとだけ」
 ビューーンもそういってる。
「もうちょっとだけだよ」
 はんぶんこに割られたひよこの頭で妹は片足でバランスをとった。わたしはそれを見ながらやっぱり妹のことは分からない。ただ妹がちょっとだけうらやましかった。なんにも気にしないでいるんだから。全然もうちょっとじゃないじゃん。きっとむちゃくちゃ怒られるんだろうな。わたしはまた目を閉じる。
「ありがと」
 うるせえよ、ビューーン。





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