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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

蟻人

 蟻人と暮らして三年。つまり親に反対されて喧嘩して家飛び出して三年。蟻人は私の旦那で、今の世の中じゃ私、つまり人間と、旦那、つまり蟻人間の婚姻は認めてもらえないので他人でもある。ただ蟻人は誰よりも私の旦那らしく、蟻人以外の男に興味の持てない私である。
 私はまだ二十代で、それも前半で、これが一生の恋だと親に告げたらブチ切れられて、何もわかっていない人達がガミガミ説教を垂れる中で蟻人は文句も言わずにただ謝り続けていた。「すみません、すみません」そう何度も何度も旦那が繰り返すうちに私は旦那に居た堪れない気持ちと腹立たしさを持って前後不覚に家を飛び出した。追いかけてきたのは両親ではなく蟻で人で旦那の彼だけだった。だから私はやっぱりこの人を選んで良かったと思えたし仲直りの角砂糖はひどく甘かったのを今も忘れない。
 カーテンを開けると陽の光が眩しくて目を窄める。蟻人は瞼がないのでそのままだ。表情も見せない。それでもフルフェイスのヘルメットみたいな黒光りするその顔は時にとっても優しげでいて冷たい。
「コーヒー飲む?」
「うん」
 私は幸せだと思う。私が稼いで蟻人が家事をする。越してきた遠くの町のご近所さん達は理解があって旦那も仲良くやっている。私が仕事から帰れば食事がテーブルに並んで「いただきます」の一言で、私は顔で彼は声で笑った。とても些細な日常だ。それが私には愛おしい。
 二人で買い物をした帰り、旦那は両手にスーパーの袋を下げて私は寒いのでポケットに手を入れて並んで歩く視線の先で幼稚園児がバスから降りて母親に飛びついた。立ち止まってそれを見つめる蟻人。
「お父さんになりたい?」
「うん、どうだろ」
 どっちだよ、わかんないなあと思う蟻の顔にずっと笑顔の親子って光景が反射していた。
 電気を消しておやすみを言う。旦那のいいところはイビキをかかないところ。悪いところは「その分君がかいてるね」とか言ってくるところ。今日は合コンの誘いがあってそれを蹴ってまっすぐ帰ってきたんだぞこの野郎。
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