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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

アレルギー持ちの愛した猫

随筆
 ふとましい猫だった。犬かと思った。幼い私は猫アレルギー。死と隣り合わせだった。母方の祖母宅で飼われていた雌猫。腹を引き摺って歩くは女王の風格。
 祖母の家に訪れると鼻水と喉の痒みが止まらないので正直行きたくなかった。それでも猫が嫌いなわけではなく、むしろ犬より好きなそれである。特に祖母の猫はダメなくらいのデブさがひどく可愛げで抱きしめたさ120パーセンテージだった。私は思いきって抱きしめた。気づくと病院のベッドの上。私は翌日の保育園を休むこととなる。それからも片思いは続いた。猫は気ままで素っ気ない。息苦しさは鼻水のせいだったけれど吊り橋効果とでも言うのか危機感はそれを恋路に思わせた。四歳の初恋は苦難の道のりである。抱きつき死にかけ事件以来、私は遠目でしか彼女を見ることを許されなかった。障壁が高ければ高いほど私は燃え盛り、彼女になんとか近づこうと隙を窺っては母に叱られた。
 医者は言う。成長すれば症状は和らぎますよと。しかし祖母の猫はいい歳だった。おばあちゃんといって差し支えないほどに。成長とはいつか。私は待てないのだった。
 祖母が亡くなった時、猫はまだ生きていた。伯母が引き取ることとなり彼女は東京へと運ばれていった。子供の足はおいそれと簡単には向かない距離である。別れは一瞬。私はひどく残念に思った。
 やがて伯母も仕事の忙しさから信頼できる知人に猫を渡すことになった。母は本当ならウチに引き取りたいと思っていたらしい。私の所為である。私がいたから猫は家族でさえなくなってしまった。こんなにも悔しいことがここにはあるのだと憤っても私にはどうすることも出来なかった。

 医者の言った成長というのが今も来ているのかわからない。いつの日か路地に迷い込んで鳴いていた猫を私は拾い上げた。子供の頃に感じた苦しさはやって来ない。私はその野良猫の目を見て祖母の猫を思い出した。生きているのだろうか。多分死んでいるだろうな。けれど逢えないからこその永遠だ。私はそんなことを考えながら鼻水を垂らした。きっと間抜けな顔をした私を見てか野良猫はニャーと鳴いた。