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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

魚を食べよう

 僕らは郊外で個人経営している雰囲気のあるカフェテラスで机を囲んだ。最初に口を開いたのはキヨシだった。キヨシは昔から血気盛んというか今もヤンチャで首筋から肩にかけてタトゥーを入れている。銭湯に行けないと嘆いていたが僕はそんなキヨシのことを莫迦以外に形容し難い莫迦であるなと莫迦にした。そんなキヨシが言った一言はこうである。
「くっちゃくっちゃ、ぷーー、ぱちっ、くっちゃくっちゃ、アクアパッツァって何なん?」
 僕は即答した。君の人生にアクアパッツァがないからといってなんの差し支えもないだろう、とりあえず口の中のバブリシャスを吐け、と。それでもキヨシはアクアパッツァへのただならぬ関心を見せ僕の右頬にいいのを一発見舞ってくれた。ジンジンした。それを見かねてフカダが間に入った。フカダは優等生タイプで曲がった事が嫌いでユリゲラーが嫌いだった。今日もひとりピシッと決めたアルマーニのエロい光沢を放つグレーのスーツを見せびらかしてこういった。
アクアパッツァ、知りたいか?」
 僕はフカダが何故勿体つけるのか理解に苦しんだ。確かに僕もキヨシの人生にアクアパッツァ不要論を唱えたが、フカダの場合はキヨシに対してアクアパッツァまでの道程へ一筋の光明を差し込ませる。生かさず殺さずというのはいっそ命を絶たれることより無慈悲であり、そんなフカダの態度が僕は気に食わなかった。
「おう、フカダ、知っとるなら教えてくれや」
「条件がある」
「なんや?たまごっち一週間預かるとかか?」
 そんなわけないだろう。というかなんだこの会話は?僕はひとり莫迦莫迦しくて反吐が出そうだった。
「あの時のことを謝れ」
 それは僕ら三人の間で長い間タブーとされてきた事だった。かつて僕らが通った県立中学にテレビ局のスタッフとV6のメンバーがやって来た事がある。当時人気番組だった「学校へ行こう!」の一コーナー「未成年の主張」の収録のためである。学校?言われなくても毎日行ってるという冷めた態度で遠巻きに見ていた僕と違ってフカダは屋上に立ち主張した。キヨシから絶対に上手くいくと唆され当時好意を寄せていたキミカちゃんに告白したのである。結果は無惨にもノーで、フカダはステップを守ればどうにかなったかもしれないキミカちゃんと結ばれる可能性を無くし、以後様々な人間からそのことを茶化され中学生日記は地獄と化した。キヨシは悪びれることもなく、それをネタに親しくなったキミカちゃんと付き合うようになる。フカダはずっとそれを覚えていたのだ。そしてそれをずっと恨んでいた。だからアクアパッツァとは何か、そんな今時検索すれば一発で知り得る知識を餌にキヨシを跪かせようとしているのである。僕は少しだけ面白くなってまいりました、と内心弾む思いだった。
「あー?なんの事だ?お前の家に勝手に入ってたまごっち盗んだことか?」
 ちょっと待てキヨシ!それはそれで楽しげだなオイ!たまごっちどんだけだよ!
「しらばっくれるな!俺はそんなことを言ってるんじゃない!」
 だよなフカダ。たまごっち盗まれてるけどもっと大事なことがあるよな!
「じゃあ、あれか?お前が内緒でやってた気持ち悪いポエムブログのリンクアドレスをお前の職場のホームページの問い合わせフォームに流したことか?」
 鬼かキヨシーーー!そゆのは触れちゃいけナイーーーィブ!
「アレはアレだ!もっとあるだろ!」
 フカダ!どれがどれだ!?フカダ!しっかりしろ!
「あ、車。お前の車に火ぃつけた時の事やな?」
 待て待て待て待てキヨシ!キヨシーーぃ!?
「本当に覚えてないようだな……」
 フカダーー!お前も落ち着きすぎだから落ち着いてー!
「わかった。正直に言う。あの車のワイパー折ったのも俺や。すまん」
 キヨシ!もう燃えてるんや!ワイパーどころか君はもう燃やしとるんやでフカダの愛車!
「全然違う!」
 フカダ!いいんだな?車はもういいんだな?フカダ!?
「なんか分からんけどすまん!……これでええか?早よアクアパッツァ教えてや」
 終われない。そんなふんわりした態度では終われないぞフカダは!アクアパッツァて!このごにおよんでアクアパッツァて!
トミカ、覚えてるよな?」
 そうだ!それだ!いいぞフカダ!言ってやれ!中年の主張してやれ!お前が振られたトミカちゃん、うん?トミカちゃん?
「そのことか……アレはほんますまんかった」
 整理しよう。キミカじゃなくてトミカトミカってミニカー?
「キヨシ!お前俺が大事にしてたトミカ39スズキ キャリィ家畜運搬車の豚を一匹引っぺがしてくれたよな!?俺は許さんぞ!謝れ!土下座しろ!」
 豚ー!豚一匹にキレすぎぃぃーい!待て待て!実際の愛車焼かれてスルーで豚は許さん意味わからんポリン!
「悪かった。すまん。ほんでアクアパッツァやけど」
 キヨシ!アクアパッツァ!キヨシ!
「アロンアルファでつけてみてもそれはもうアロンアルファでつけられた豚なんだ!オリジナルじゃないんだ!」
 拘るねえ!すごい拘りだねえ!
「また買うたるやんか」
「廃盤なんだよ!アマゾンのマケプレ価格見てから言えクソ野郎!」
 いや、いやいやいやいや。今調べたら三万越えてるけどもお前のベンツいっせんまーーーん!

 結局折り合いは着かずキヨシはアクアパッツァを知ることなく、フカダの豚はアロンアルファでつけられた豚だった。
 多種多様の生命を一手に育むこの尊き星の片隅で全き実りのない僕らの一日もその輪廻の一部とするならばこれもまた何処かで尊さなのではないだろうか。

アクアパッツァ(伊: acqua pazza) 、ペシェ・アッラックア・パッツァ(伊: pesce all'acqua pazza、「魚のアックア・パッツァ風」)は、魚介類をトマトとオリーブ・オイルなどとともに煮込んだカンパニア州の料理である。(Wikipediaより)


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