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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

四月二四日

 同級生(と後輩)に会う。皆、今や散り散りに暮らし多忙の日々を送るゆえ中々会えない間柄であるが、会えば何も変わっていない(身てくれは別)。軽音楽という部分での繋がりから縁を持ち、それが今でも続いている。久々にスタジオに入り楽器を繋いだ。私は機材を持たなかったので友人のマルチエフェクターを弄りながら皆の演奏を傍で聴いていた。何も変わらない。レッチリのCan't stopがうろ憶えで合奏され、それが徐々に締まっていくのと同時に当時の記憶も呼び起こされる。そんな中、スタジオの入るビルの別階で火災報知器が誤作動し電源が絶たれて待ち惚けになった。その間も、昨日から結婚式に出ていた彼ら(行けなくてすみませんでした)の二次会、三次会、果ては八次会に及ぶそれの話を聞いて思った。何も変わらない。あの頃と同じレベルで笑える。飽きない。
 ノスタルジーは人を駄目にする。いつまでもそこに縛りつけて離さない。けれど私は思った。ここならそれでもかまわないと。楽しいだけでいいと本当に思う。
 中華屋で馬鹿な注文をし「春巻は要らなかったな」と言った(八千円を越す昼食代)。疲れて横になりたいからとカラオケ屋に入り歌も歌わずコーヒーを飲み、またそれぞれの暮らしに帰っていく。次はまた誰かが結婚すれば集まるだろうか。そんな理由がなくても集まるだろうか。
「じゃあ、また」
 
 帰宅してからなんとなく古典を読みたいと思い近松の『曾根崎心中』に目を通す。浄瑠璃の謂わば舞台のリズム感をなるたけ伝えようという岩波文庫の気遣いも虚しく基礎のない私にはいまいち義太夫節がわからない。だから物語だけを追う。もともと古典文法にも弱い私だけれど、こうして読むと思い出すのは昼休みの教室。源氏物語を原文で読む彼女の様に憧れがあった。一度聞いたことがある。面白いの、と。そういうんじゃないと彼女は言った。格好良さみたいな浅はかなものでしか捉えられない自分が愚かしい。ただ初めの理由はそれでもいいとも思う。楽器もそうだけれど「格好良い」からと続けてみれば途中で得るものが思いの外、生涯大事なものになる。

 此の世のなごり、夜もなごり。勿体ないと思いながらもこの辺で寝ることにした。

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