モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

愛と欲望のヒヒ

 エテ公である。山のエテ公であったはずである。それがいつしかヒト社会に溶け込みネクタイを締め出社している。パーソナルコンピューターのモニターを前にデスクに腰掛けキーボードを弾く。アポイントメントの電話を入れ資料片手に外回り。帰社する頃には中々くたくたで眉間を摘んで目をほぐす。どうもミスがあったようで上司に呼び出され叱りとばされる。反省の意として俯けば聞いているのかとこうきたもんだ。輪っかをくぐったり竹馬に乗ったり、それで拍手喝采というヒト社会におけるエテの生き様もあったとテレビで知った。それに比べればあまりに自分は器用ではないか。よくやっているのではないか。けれども当たり前に求められるものは芸当ではなく義務となる。出来なければダメ。しかしエテ公である自分がそこに必死とすがる必要があるのか。山に帰ればもとの気ままな暮らしがあるのではないか。しかしそう考えた先から忙殺されてどうでもよくなってしまう。動くほうが面倒になる。帰ってビールが飲みたいのだ。レンジでチンした弁当から湯気が立ち、それを口に運びながらクイッと飲んだアルコール。ふわふわとしながら気持ちよく眠りに落ちる。この瞬間がたまらなくなってしまった。翌朝かん高い目覚まし時計の音に起こされて歯を磨き顔をあらってネクタイを締める。電車は満員で押し合い圧し合い。たっぱがこれなのでたまにおもいきり踏まれたりする。最初は痛みと怒りでキーキーと吠えたりもしたが最近は顔にこそ嫌悪感はだせどなんとなく仕方ないように思っている。下車すれば本社社屋までとぼとぼと歩きまた一日の業務が始まる。いったいこんなことが何日続くのか。何になるのか。目的も目標も見つけられない自分はなぜヒト社会にやって来たのか。
 帰宅すると部屋にカラスがいた。カラスはこちらを見据えると「カア」と間抜けな声を出した。見ると万年床の敷布団に糞をかましていやがる。カラスがもう一度「カア」と鳴く。
「カア」
「キィ!」
 不意に込み上げた邪まな念が憤怒となって溢れ出す。
「カア!カア!」
「キィ!!キィィ!!」
「カア!」
「キィィィイ!!」
 取っ組み合いになってしこたま奴の頭を殴りつけてやった。カアカア鳴いていたカラスが少しずつ静かになった。そうしたら何だか野性を思い出していた。自分はエテ公だとひしひしと実感した。雄叫びをあげた。勝利のそれである。
「ウキィィィイ!」

ドンッ!

 隣人がお怒りである。見えない相手に頭を下げておとなしくした。横たわるカラスをベランダに放ち、ビールの缶を開けた。

プシュッ

 ほろ酔いの猿はさらに顔を赤らめて尻を掻いては屁をこいた。

ブッ

 間の抜けた音が何だか可笑しくてゲラゲラ笑ったら気持ちよくなってそのまま寝てしまった。眠る瞬間にふと考えたことがある。その考えは哀しいものであった。それが誰の為のものかはわからない。自分の為か、それとも自分と似た生き方を選んだヒトの為か、とにかく誰かにむけて「おつかれさん」と一言告げて瞼をゆっくりと落としていった。

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