モンターグの貸出票

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ミュータント・ビートルズ

 僕らはもうダメだった。ジョンはずっと眼鏡を拭き、リチャードはチンパンジーをあやす。ジョージは髭についた牛乳をペロペロしながら明後日の方向を見つめていた。
 僕らはかつてアイドルだった。どこに出向いても黄色い歓声が飛び交って、それまで田舎の農業を手伝いながら日銭を稼いでいた日々が一変した。ちょっと音楽が好きでちょっと楽器が弾けた僕らはちょっとした出来心で自分達の演奏を録音したデモテープを都会の音楽事務所宛に送り付けた。僕らは運もちょっとだけ良かったみたいだ。今聴くとそれは酷い演奏でそう思わせる。
 それからトントントンとスターダムにのし上がった僕らはそれまでのアイドル路線から逸脱してストイックなバンドマンであろうとした。四人ともそのことには特に文句もなくすんなりとそういうスタイルになった。あまりに気色を変えすぎた次のアルバムも飛ぶように売れた。あの頃は「これがギターソロだ!」とCマイナー一音弾いてステージを去ったって、それを観に来た客は文句を言わなかった。僕らはアイドルだったから。
 とにかく忙しい日々が続いた。何をやっても当たった。あまりに忙しい毎日で頭のおかしくなったジョンがリボルバー片手に「助けて!」と叫びながらスタジオでぶっ放しやがった。僕はふざけるなと一喝するとジョンは「イマジン」と言った。僕は「そうね大体ね」と言った。
 僕らはそれぞれの活動の場を持ってもいいだろうという話になった。ソロの曲もそれぞれ売れに売れた。ジョージは玄人受けする前衛的な才能があったし、ジョンは僕に負けず劣らずポップで、リチャードはチンパンジーに優しかった。だけれどこれがよくなかった。外に遊びに出かけた子供達はいつまでも遊んでいたかったんだ。一日の終わりに囲んだ食卓では誰一人会話しなくなってしまった。誰かがイエスと言うことも別の誰かがノーと言い、意見の纏まらない僕らの潜水艦はもう浮上できないところまで沈んでしまった。
 昨日、ジョンはスタジオにセイウチを持ち込んだ。びしょ濡れで酷い匂いがするデカ物に僕はブチ切れた。
「おい!ナンダコレハ!?他の機材をお釈迦にするつもりか!」
「これは俺だ」
「……おかしいんじゃないのか!?何を言ってる?」
「そしてこれはお前でもある」
「ぶっ殺してやる!」
「やめろポール!ジョンだって何か考えが」
「だまれ!こんな密室にクサいセイウチを連れ込んで何するってんだ!ファック!」
「ははは、ファックね!そりゃいい」
 ジョンが衣服を脱ぎ始めたのでリチャードは慌ててそれを止め、ジョージは救急車を呼んだ。僕はただただ哀しくてスタジオを出た。街を一周して戻ってくるとセイウチは既に撤去され、ジョンも居なかった。とりあえずまた明日集まろうという話をして僕らは別れた。
 そして今日、ジョンは酔っていたと謝罪した。これがきっと最後の曲になる。僕がそういうと三人は否定しなかった。僕ももう怒らなかった。曇り空だった。誰かが屋上で歌おうと言った。何のアイデアもないまま屋上に出た。ジョンが一言。
「なるようになるさ」
 ふざけるな。久しぶりに笑った。僕らは「なるようになるさ」といつまでも歌った。やがて日が暮れても歌い続けた。観衆が集まってきてそれを聴いていた。この後が奇跡だ。空から円盤が降りてきた。宇宙人にまで僕らの曲が届いたんだ。宇宙人は言った。
「君らは何だ?」
 何だろう。アイドル?ミュージシャン?地球人?僕らは久しぶりに声を揃えた。
「友達さ」

 追伸:今でも僕らの音楽は売れている。凄いことらしい。宇宙人がキャトルミューティレーションをやめたのは僕らのおかげだって誰かがカフェで吹いていた。奇跡はあの日限り。解散した僕らはそれぞれの道を歩いている。内の二人は写真になってしまった。もう再会するには写真になるしかない。けれど僕はもう少しだけ歌うよ。最低の四人で歌った最高の曲を。