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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

文豪スットコドッコイ

 羽ペンに墨を浸し、その先を紙の上に置いた。墨は紙に滲んで黒点。羽ペンは渇いた。男は机から窓へと目を逸らし外の景色を見遣った。嘗てはそこに沢山の物語を見つけた。それをそのまま見た通りに文字に書き起こした。男は窓枠を縁として描かれた絵画を物語とすることで財を得、地位を成す。しかしそれは今日において枯渇した。毎日のようにやってくる編集者を追い払うのが男の仕事となった。
 彼の名はスコット・デコイ。作家デコイとその名を聞けば、誰もが思い浮かべる作品『白亜紀最後の三角竜』その産みの親にして文豪なる肩書き過言なく、街を歩けば有名人であった。
 三角竜を切符に社交界入りを果たしたデコイ氏もやはり人の子天狗の子。もて囃されれば鼻先延びて木にも登った。立て続けに書いた小説も飛ぶように売れ、将来を約束されたかに見えたデコイ氏の人生は妻の死をもって闇に包まれる。彼がまだ売れない小説家という何の生産性もない人形だった頃、彼を人たらしめるものがあるとすればそれは美しき妻エミリーアが伴にあったことだろう。デコイ氏とエミリーアの出逢いは学生の時分に遡る。学舎の中でエミリーアは一際目を惹く幻の花。誰もが彼女を無条件に愛し、誰もが彼女を手元に寄せたがった。エミリーアは生まれながらの優遇を約束された存在だった。一方デコイ氏は特に目立たぬ枯草で髪はボサボサに伸び散らかし靴が左右別のものでも平気で登校する学生であった。本来ならば机を並べることのなかった二人である。それが夫婦にまで至ったのはデコイ氏の人生最大の勉学とエミリーアの人生唯一の反抗が始まりであった。
 デコイ氏は教師から「お前が目指せる学校ではない」と判を押された。エミリーアは両親から「お前が行くような学校ではない」と鍵をかけられた。二人はそれぞれの歯痒さから同じ学舎を目指して歩き始める。デコイ氏にとってその学校は憧れた小説家の母校であった。エミリーアにとってその学校は知らない世界を知るための世界であった。デコイ氏は数学、化学、物理に体力、殆どの科目に自信がなかったが語学と美意識だけは長けていた。エミリーアはそんなデコイ氏を凌駕する全てのものを兼ね備えていたがそれを振りかざす自由さを知らなかった。二人は自らを変えるべく奮起する。デコイ氏は苦手とすることを人並みにまで伸し上げよと参考書を積んだ。エミリーアは鎖を千切るための理由をずっと探し続けた。
 冀求と努力、二人は初めて出会う。デコイ氏はエミリーアのことを特に見惚れはしなかった。それよりも何やら哀しさを帯びた白い花と彼の美意識は例えていた。エミリーアはデコイ氏に衝撃を受けた。まだ解けきらない錠前の鍵がこんなところに落ちていたのかと。
 エミリーアは俗世に降りた天使と一瞬にして注目の存在に、デコイ氏はそれを尻目に学舎の空気を吸うだけで満足に浸った。エミリーアは自分が思い描いた世界と現実に戸惑いを感じた。見聞気分でやってきた世界は自分に押し寄せる他人の興味によってその隙を与えない。それがちらと横に目をやると、気儘に筆を原稿に落として教師から叱りを受ける自由な人がいた。エミリーアは決して自分に驕りを持たなかったが、自分にまるで興味を持たない鍵の人への関心は日に日に高まった。デコイ氏に去来した「悲しき白の花、丘に咲き風に揺れ、草花にしてその根絶やすことを願う。花は鳥になりたがり。鳥は花になりたがり。どうもこの世は生き難し。」という文章を眺め、これはエミリーアのことだとそこで初めて彼女を意識した。そこからは早かった。デコイ氏にとっては夢のよう。エミリーアにとっても夢のよう。互いが求めた最たる楽園の景色をそこに見た。様々な弊害を孕んだ二人の付き合いが実ることは必然だった。彼らに能力や素養は関係ない。ただそれを成すという信念だけが彼らの最大の神。二人は若くして夫婦になる。
 デコイ氏に稼ぎはなかった。エミリーアはそれでも切り崩し切り崩し、慎ましくとも幸せな時を紡いだ。彼には気儘にあってほしい。それがエミリーアの願いだった。彼女に翼を与えたい。デコイ氏の願いがあの三角竜を呼び寄せる。デコイ氏はそれまでの借りを返すようにエミリーアに沢山の物を贈った。エミリーアはその度に気絶するほど美々しい笑顔を見せた。しかしエミリーアは鳥にはなれなかった。病魔は既に彼女の指先までを蝕み、余命半年と告げられる。エミリーアは一刻でも長くデコイ氏と伴にありたいと願った。デコイ氏はそんなエミリーアが自分に初めて見せた切なく哀しい涙に自分は妻のことを何も分かってやれなかったと悔いた。信念はもはや神とはならなかった。その日はずっと雨だった。
 
 デコイ氏は再び机に目を戻す。妻が先立って十年、彼はようやく妻へ文をしたためることにした。小説家としての気取りなどない人間の言葉。本心と呼ばれるそれはデコイ氏の人生において一番に下手な出来の文章だった。けれどそれはデコイ氏が生涯もっとも愛した文として現在博物館に展示されている。スペルミスで「Sttoco Docoy's love letter」と記された展示横の説明文。私は平謝りする館長にそのままで構わないと言った。私はお爺ちゃんの文を読んでお婆ちゃんはきっと幸せだったよとこれから二人の眠る場所に花を添えにいく。