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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

ジュードの額

創作
  とある高名な芸術家の作品展が開催された。それは高名な芸術家であり誰しも一度は写真を通してくらいはその作品を目にしたといって過言でない。しかし、その高名な芸術家のあまりにも知れ渡る作品において直に己が眼をもって触れた者はそう多くはない。それを拝んだ者達は口々に言う。人生が変わった。宝クジが当たった。持病が治った。蒸発した親類が見つかった。就職が決まった。死んだけど生き返った。宝クジがあたり持病も治って蒸発した親類が見つかり就職にこぎつけ死んだが生き返り信長は本能寺から逃げ果せてチュパカブラは実在する……などなど嘘か真かはさておき高名な芸術家の作品には言い知れぬパワーがあるとされた。噂が噂を呼びたちまち人々の話題はその芸術家で持ちきりになり、そんな中開催された作品展とあって会場にはたくさんの人が押し寄せた。人々は長蛇の列を為しヨルムンガンドここにありという様子だった。ドラゴンクエストⅢの発売日、iPhoneの新作の発売日、ディズニーランド新アトラクションの順番待ち、大型連休ラッシュの高速道路、大阪万博アメリカ館。そのどれもが比にならない程の待ち時間を要した。始めは何時間、それが何日、何年、何十年と人々は待たされたのである。予約待ちではない。人々は実際に会場前から列を為しその場で待たされていたのである。それは隣町から県境、果ては海の向こうの別大陸まで行列が出来ていた。莫迦莫迦しいと思うかもしれない。しかし人々はそれほどに狂気に駆られていたのである。その高名な芸術家の作品の効力を信じて。私は言いたい。肩こりを治したいのなら揉め!ひたに揉め!彼氏が欲しいなら告れ!片端から砕け散れ!死んだ猫に再会したいならその時を待て!こんなところで待つな!私は否定派だった。人々がこれほどに期待を寄せる作品、それがただの一枚の紙切れに塗られた絵の具に過ぎないのだということを声高々と掲げたいのである。何故ならばそうして人々の貴重な時間、誰しもがもっとも大事にすべき「時」という概念を奪い去った張本人こそ私なのだ。私の作品はこのようなことのために描かれたのではない。寧ろ意味を持たせないつもりで描いてきた。けれど作家の心など誰も知らない。あゝ哀しき我ら等しく他人である。人々が私の作品を拝もうと必死である最中に好きだった俳優、ジュード・ロウの出島のような額が完全に禿げ上がった。神は死んだ。最早私の願いとは裏腹に人々は今もこの先も待ち続ける。そして私は既にこの世になく、想いを掲げ声にする事は出来ない。ただこうして死んだ魚の目をした者達を斜め上空より見つめるだけである。
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