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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

大麦若葉、贈呈です

創作
 その男、かつてヒットマン。しかし殺伐とする闇社会が毎日に疲れ果て足をモイスチャーフィニッシュ。男が次に選んだ職。ヤクルトレディ。
「すね毛ボーボーすけどいいすか?」
「まあ、ええんちゃうか」
 男の名はナミダメ・カナシス。哀愁を担う豊麗線。今日もホンダジャイロにまたがりヤクルトを売る。
「ヤクルトおじさんだ!」
 営業コースにある民家。いつも自分からミルミルとジョアを買ってくれるケンイチ少年。
「ミルミルとジョア!」
「はいよ」
「おじさん、外人なの?」
「イタリア人さ」
「パスタの国だ!」
「マンマの味が懐かしいな」
「マンマ?」
「坊主にもお母さんがいるだろ?」
「お母さん……僕昨日お母さんとケンカしちゃったんだ」
「どうして?」
「お母さんがコーヒーを入れてくれるっていうんだ。僕はミロがいいってお願いした。マサコちゃんも毎日飲んでるっていうから。そしたらウチにはミロはないって。ミロにしてって。ダメよコーヒーよって。ミロ!コーヒー!ミロ!コーヒー!ミロ!コーヒー!ミロ!コーヒー!ミロ!コー」
「わかったわかった!じゃあこれは俺からのプレゼントだ。これで仲直りしろ」
「なにこれ?」
「ごくごく飲める大麦若葉さ。お母さんが元気でいれるようにってさ」
「こんなの何の解決にもならないよ。ねえおじさん、ミロはないの?」
「ミロはヤクルトの製品じゃないんだ。ミロはない」
「じゃあダメだ。気持ちは嬉しいけど大麦若葉じゃダメだ」
「坊主、大麦若葉でも開ける道はある」
「根拠はどこから?大麦若葉でお母さんは喜ばないよ。なぜならお母さんは華の二十代。ドモホルンリンクルだっていらないんだ」
「なに!華の二十代!今お母さんは何処に!?」
「おじさん、急に目がギラついたね。殺し屋みたいだ」
「……」
「ダメだよおじさん。おじさんはおばさんじゃないからヤクルトおばさんやっちゃいけないんだ」
「許可はもらってる」
「会社がイエスと言っても世間体はノーさ。ハローグッバイ知ってるかい?」
「ガキのくせに大人をからかうんじゃねえ!」
「それだよ。つまりさレッテル。おじさんはいま僕を子供扱いした。それは構わない。ならおじさんはヤクルトおばさんであってはいけないということを自ら分相応というものさしで測ってしまったんだ。この時点でアウトさ」
「俺は……おばさんじゃない」
「そうさ、おじさんさ」
「だからヤクルトを売っちゃいけない」
「独断で大麦若葉をあげるなんてもってのほかさ」
「クソ!やり直せると思ったんだ!俺は……俺はもう誰も殺したくない!」
「おじさん、これだけは言える。おじさんが本気で自分を変えたいならヤクルトおばさんじゃなくてもいい。ヤクルトおじさんだっていい。みどりのおばさんでもいい。バドガールだって何だっていいんだ。肩書きじゃない。おじさんがそうありたいとするものに魂を捧ぐんだ。だからそれがヤクルトおばさんならおじさんはヤクルトおばさんとして振る舞うよりほかない。言ってごらん『あたしはヤクルトおばさんだよ』って」
「あたしは……ヤクルトおばさんだよ」
「気持ち!気持ち入れろ!」
「あたしはヤクルトおばさんだよ!」
「もっと!もっとください!」
「あたしは最強のヤクルトおばさんだよ!元殺し屋のさ!」
「アレンジはいらない!」
「あたしはヤクルトおばさんだよ!!」
「その調子!」
「あたしはヤクルトおばさんだよ!って何だこれは!いい加減にしろクソガキ!」
「コラ!ケンイチ!何してるの!?」
「もしかして、お母さん?」
「すみません。ウチのバカがご迷惑を」
「お母さん、いいお子さんじゃないですか。なんというか、いいお子さんです。それより今度イタリアで美味しいピッツァ」
「ピザ屋さん?」
「あたしはヤクルトおばさんだよ!」
「おばさん?」
「あ、いや。おじさんです」
「恥じらいがあるね。アウト」
「ガキこの野郎!」
「ちょっと何なんですか!子供に凄まないで!ケンイチ!もう中に入りなさい」

 カナシスは玄関前で一人取り残された。親指で自社商品の上蓋を貫くと指先に寸分のカゼイシロタ株が付着した。鳩が鳴いている。男は一思いにそれを飲み干すと「人も地球も健康に……か」とわけのわからないことを言った。