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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

無人島に持っていく10枚

 音楽に携わる仕事をしていると時折こういった企画にあたる。無人島に持っていく10枚。誰もいない孤島で一人、音楽でも聴こうかというのはどういう気分か?そんなことはともかくただお気に入りの10枚を論うわけなのだが、えー、っと……無人島なう。
 今、私は無人島にいる。船が難破して嵐が来た。海に放り出され意識を失い、名も知らぬ島に漂着した。他にひと気はなく私一人である。無人島に持っていく10枚。たしかに私もそんな質問に答えた時があった。荷物は流され、手持ちは海水で湿気った煙草とライター。それからお釈迦になったテーレコ。無論無人島にない10枚である。備えあれば憂いなし。しかしいくらなんでも無人島漂着を想定してCDだかレコードだかを持ち歩くわけもなくプレーヤーすらどうも流されてしまって音楽の概念は鼻歌に集約された。もう何日が過ぎたろうか。伸びっぱなしの髭がむさ苦しい。無人島で口遊む鼻歌。鼻歌なのに口遊むってどういうこと?はさておき一番初めに浮かんだのはきゃりーぱみゅぱみゅの『にんじゃりばんばん』。
どうして にんじゃりばんばん
愛して にんじゃりばんばん
ring ring ring 鳴らないメロディ(きゃりーぱみゅぱみゅにんじゃりばんばん
 鳴らないのである。もうフィジカルに鼻歌っていかなければ鳴らないメロディ。次に思いついたのはポリスの『Message in a bottle』。遭難者の私にはうってつけの歌だ。
Walked out this morning 
Don't believe what I saw 
A hundred billion bottles 
Washed up on the shore 
Seems I'm not alone at being alone 
A hundred billion casatways 
Looking for a home (The police「Message in a bottle」)
訳:今朝 外に出て歩いてたら
この目を疑ったよ
千億本ものビンが
浜辺に打ち上げられていたんだ
一人きりってのは
どうやら俺だけじゃないってことか
千億もの漂流者が
心の拠り所を探して
この世の中にさまよってるんだ
 夢野久作の『瓶詰地獄』を思い出して、もう助からんな……アア……ウヒウヒヒ……みたいな感じになる。私には筆や瓶より銛が必要だ。落ちていた石を削りながらストーンズの『PAINT IT BLACK』を歌った。
I see a red door 
and I want it painted black
No colors anymore 
I want them to turn black
I see the girls walk by dressed 
in their summer clothes
I have to turn my head 
until my darkness goes(The Rolling Stones「PAINT IT BLACK」)
訳:赤いドアを見ると
黒く塗りつぶしてやりたくなる
色なんていらないんだ
全部黒くしてやりたいのさ
夏服を着た女の子達が
そばを通りすぎていったんだ
俺は見ないように反対を向いた
俺の中の闇が通りすぎるまで
 気温だけなら夏服どころか水着の女の子がわんさかいてもおかしくないビーチで一人。何も感じない。どこまでいっても闇である。
 
 何日も同じ夢を見た。タイヤに追い掛けられて私はずっと逃げていた。芥川にとっての『歯車』と重なる。私は逃げながら、頭の中でブロンディの『CALL ME』が延々と流れた。

Call me (call me) on the line.
Call me, call me any anytime.(blondy「CALL ME」)
訳:連絡して、この番号へ
電話して、いつでも、いつだっていいから
 いつであろうと電話線などなかった。タイヤは日に日に大きくなって10トン車大になると次の日にはキャタピラになった。

 空腹を凌ぐ。それが斯様にも至難な事であるとまざまざと感じさせられて、音楽だ歌だなどという気持ちが薄れつつも、せめて明るい歌を歌おうと思うのだが沸々と湧いて出るのは荒井由美の『翳りゆく部屋』だったり森田童子の『たとえばぼくが死んだら』。

輝きは戻らない
私が今死んでも(荒井由美「翳りゆく部屋」)
たとえばぼくが死んだら
そっと忘れてほしい
淋しい時は ぼくの 好きな
菜の花畑で泣いてくれ(森田童子「たとえばぼくが死んだら」)
……。あかん!こらもう限界やで!助からんならいっそ!いっそ!そんな思いとは裏腹に雨水を濾過する技術を得た私は余暇を、といっても毎日この瞬間が余暇なのだが、島の森で瞑想に耽るうちになんだか森の動物と心を通わせれている気がしてきた。鹿が近づいてきて角をこちらに擡げた時は恐怖したものだが今では頬擦り待ったなしである。なぜか常夏の島でワムの『Last Christmas』が鳴る。
ラース栗マース 揚げ麩マハッ バザベリネッ素手ーぃ 湯気ビアうぇ(湯気ビアうぇ)
でーすイェアーとぅせぃ 風呂ティー明日 愛る義と鵜秋刀魚スペッシャッ(スペッシャッ)(WHAM!「Last Christmas」?)
 そう、私がわからないだけで既にそんな季節かもしれないのだ。そう思うと鹿もトナカイに見えてくる。私は何者だ?もう自分がかつて何を生業にしていたかも思い出せない。ただ脳裏に残ったかすかな記憶がジェシー・フレデリックを聴かせる。
Whatever happened to predictability
The milk man, the paper boy, evening TV
But did I get to livin' here
Somebody tell me please(Jesse Frederick「Everywhere you look」ドラマ「フルハウス」主題歌)
訳:分かりきったことばかり起こるんだ 
牛乳や新聞の配達、夕方のテレビだってそう 
僕は何のために生まれてきたんだろう 
誰か教えてよ! 
 家族か……。せきをしてもひとり。