モンターグの貸出票

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座りヶ丘ファミリータウン

 私が住まう土地は自然が豊かで野生の動物も気楽に暮らすような牧歌的様相を呈している。私は妻と話し合って、間もなく生まれてくる娘のためにこの土地に越してきたのである。相談に乗ってくれた不動産屋は、決して便利は良くないが人気のある場所だと言った。たしかに通勤など考えれば都会に身を置いたほうが良いことは分かりきっていたし、妻はそこまで犠牲にしなくてもと提案したが、私にはこれが犠牲などとは思えず、私は娘のために最高の父でありたいと願ったのである。そう思えば何も苦ではなかったし、慣れてみれば過ごしの良い場所で私達の選択は最良のものと断言できた。
 庭先から見える場所に小高い丘がある。そこで何時も腰を下ろし膝を抱えて遠くを見ている赤い服の少女を私は発見する。何度かそういった場面に出会し、今日ついに声をかけてみようと思った次第である。
「こんにちは、お嬢ちゃん。君はいつもここで何をしているんだい?」
「こんにちは、おじさん。ご覧の通りです」
 私はご覧の通りを想像するが理由や目的が知りたいのであってそれはご覧になるだけではわからないのであった。
「よければおじさんになんでそうしているか教えてくれないかい?」
「……人間という生き物はケツが痺れてどこまで耐えれると思いますか?」
「え?」
「あたしはこの丘で来る日も来る日も三角座りを続けてケツを痺れさせています。今もはっきりと痺れを感じています」
「は?」
「痺れというのはつまり血流の滞りによる中枢、および末梢神経の障害からくる電撃感覚です」
「……や、わかるんだが、なぜそんなことを?」
「あたしは人間という生き物がどこまでケツの痺れに耐え得るかと先ほども問いましたね。それに答えてくれる大人がいなかった。些細な理由です」
「だから身をもって証明?」
「そうです。しかし一概にケツを痺れさせようとしてもそれには長続きできる環境が必要です。あたしはこの土地の景色が本当に好きで見飽きることがありません。ずっとこうしていられるのです。ずっとこうしているとケツが鬱血して痺れてきます。たいへん良い痺れ環境にあります」
「悪いことはいわないよ。君はこの実験をやめるべきだ」
「なぜ?」
「なぜって、血流が滞れば細胞は機能障害を起こす。最悪君のお尻の皮は壊死してしまうよ」
「お医者さんが似たようなことを言ってましたね。豚の皮貼り付けたいのかと怒鳴られました。でも心配しないでください。あたしが証明したいのはどこまで耐えれるかであって、豚の皮の適応力ではありません」
「こんな原始的な方法でその引き際はわからないよ!気づいたときには豚の皮ってこともあるでしょ!今すぐやめるんだ!」
「嫌だ」
「どうして?」
「あたしの毎日に価値がなくなる」
「え?」
「あたしの生きがいなんです」
「ケツの痺れがかい?」
「もう引けないところに来ています。立ち上がる時、いよいよダメだなと思うのですが、こうしてここに再び戻ってこられるということはあたしのケツはまだ大丈夫なんです。あたしなりにケツに結論を出してやらなければケツに対して不誠実というものです。毎日痺れあってきたんです。おじさんにはきっとわからない」
「私は……私はこの一時の間に君を愛おしく思ってしまった!だから君のお尻の皮には無事でいてほしいんだ!どこかで寂しさを感じているなら私はいつだって君の相手になろう!だからもうこんなことは止さないか!?」
「……ありがとう。でもねおじさん。あたしは幸せだから」
 そう言って微笑む少女の顔は現世の知らない美しさだった。やがて動物達が少女の周りを囲むように集まって丘一帯の神々しさといったら偉大な画家の作品とさえ見紛う、いや、それさえ足元には及ばぬだろう。私は少女の隣に腰を下ろして「いい景色だね」と言った。