モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

フローベールの庭

 庭に住み始めたカラス。私は彼だか彼女だか、その一羽の黒い鳥にフローベールと名付けてやった。フローベールは朝が近づくまだ日の昇らない暗がりで喧しくカアカアと鳴いた。私はフローベールの鳴き声に目を覚まし、縁側から庭を見る。声のする方はまだ暗く、フローベールの体は黒いので溶けてしまって見えない。けれど確かにフローベールはそこに居てずっと鳴いていたのだ。やがてひとしく訪れる朝にいよいよ姿を見せた黒鳥はしきりに首を傾げ、私に向かってまた鳴くのだった。私にはフローベールの言葉がわからない。それが何か意味を持つのかもわからない。けれどただ声を発する機械だとは思えない。フローベールは何かの使命を果たすため我が家の庭に住まうのだとそういう気がしてならないのだった。
 私は庭に出る。するとフローベールは私から距離を置く。近づこうとしても一定の距離を詰めさせない。かといって庭から出るでもなくフローベールは庭を庭として我が物顔なのだった。
「なあ、ギュスターヴ。君は外科医の息子かい」
 嘴は興味のなさを示し、私は一羽の視野の外。フローベールは庭に生ったヘビイチゴを摘み取って飲み込んだ。
 夏が過ぎ、秋が来て、それもいよいよ終わる頃、庭に一羽の鳥の遺骸が些か早い初雪に晒される。私は硝子戸一枚を隔ててフローベールの死を見ていた。一度もままならなかった彼だか彼女だかとの会話。フローベールはもう鳴かない。愛していたのか愛せていたのか愛されていたのか愛などそこにあったのか。フローベールが過ごした庭でヘビイチゴの花が咲く。黄色い花弁のその花はフローベールの知らなかった色。
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