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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

六月一二日

 父の日、そんなものは初めからなかった。そう考えて自分へ万年筆を贈った。それが意外に早く届いたため、気を抜いていてインクを揃えていなかった。折角手元にあるペリカンの万年筆を私は眺めたり、しゃぶったりしても良いか?と問い理性で諌めたりすることしか出来ず残念ながらその日は再び箱に納めて部屋の一番高い所に置き一礼してから風呂に入る。私はこのペリカン万年筆を出迎えるにあたり今まで以上に自らが清廉であらねばならない(そもそも清廉であったかは疑問)という気に至り、コンビニで発見したリステリンを購入した。風呂場で使用法を熟読し仰せのままに口に含む。私は生きたままの海月を食ったのかと思った。刺激と言って精々わたパチくらいのもんだろうと高を括っていたのだが、これは拷問だ。呻きを上げながら身悶えその拷問に耐える捕虜。それが私だ。三十秒、それが口をゆすぐ時間の目安という。体感は二年に及んだ。実際は五秒ぐらいでリステリンを吐き出した私はそのまま気絶した。

 翌朝目が醒めるとそれは即座に閉じられ、そんなこんなで流れに流れて安定の昼前。自堕落さはいい加減治したい。そう思いつつもこの気ままな生活、最早他人の介在を許さない。友人がどんどん結婚していく中にあって私の幸せは遠い山の向こう。その山は類推の山、未踏の地。いいんだ。価値観の違いさ。何も言うな。今は万年筆が一番可愛い!誰よりも!何よりも!
 というわけで発狂し野生の李徴と化した私は茂みから飛び出して文具店に姿を現した。インクを購入するためである。迷う。色がいっぱいある。
どんないろがすき (あか)
あかい いろがすき
いちばんさきに なくなるよ
あかいクレヨン
(童謡「どんな色がすき」作詞作曲、坂田修)
 違う。私が欲しいのはクレヨンじゃない。しかし私は万年筆だのインクについて本気出して考えてみたことがなかった(しあわせについては今尚)。ここはその道に明るい人に相談だ、と店員のお姉さんをつかまえてあれこれ聞いてみた。
 
私:こんにちは。万年筆初心者です。
店:こんにちは。本日はどういった御用件でしょう。
私:インクを……インクを買いに来ました。
店:インクと言っても黒ばかりではありません。万年筆のインクはこの通り沢山ございます。わたしはお好きなものをお選びいただくのが一番かと思いますが……どのような色がお好きですか?
どんないろがすき (ぜんぶ)
ぜんぶの いろがすき
みんないっしょに なくなるよ
ぜんぶの クレヨン
(童謡「どんな色がすき」作詞作曲、坂田修)
私:うーん、迷います。暖色系、寒色系、それすら選べない。
店:お使いの万年筆はどちらのものですか?
私:まだ愛でただけで使ってはいないんですが、ペリカンのM200です。
店:でしたらペリカンはインクも販売しています。揃えてみるのはどうでしょう?ターコイズとか綺麗ですよ。
私:ふむ。……。
店:あとエーデルシュタインというペリカンの上位インクがありまして、こちらは容器のデザインなんかももう一つオシャレで人気があります。
私:そうなんですか……。
店:あまりお気に召さないようですね笑
私:や、そういうわけじゃ……でも……そうですね。
店:笑。じゃあこれなんかはどうでしょう?エルバンというメーカーのものなんですがこの通り沢山色が揃えてあります。名前も洒落てますよね。エルバンはインクのメーカーなのでこだわりの強さを感じます。これも人気がありますね。
私:エルバンか(アウトオブ眼中)。このパイロットのも沢山色がありますね。
店:色彩雫ですね。こちらもユニークなネーミングのカラーバリエーションです。赤系だと山葡萄とかが人気ですね。冬将軍なんてのもありますがわたしは夕焼けなんかが好きですね。綺麗なオレンジが出るんですよ。
私:なるほど。分かりました。いろいろありがとうございます。
店:いえいえ。お好きなものは見つかりましたか?
私:このファーバーカステルのモスグリーンにします。触れてないのになんかすんません。
店:いえいえ笑。ありがとうございます。
 
 というわけでお姉さんの意見を全部シカトしてファーバーカステルのモスグリーンにした。綺麗だったから。許してほしい。
 しかしこれしきのことで何やら明日から頑張れる気がする。単純だ。単純だが楽しい。大切にしよう。
 
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