モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

君がいない夜だってそうno more cryもう泣かないよ

「顔が濡れて力が出ない〜」

 アンパンマンは性懲りもなくバイキンマンの水鉄砲を顔で受けとめた。いつもと違ったのはジャムおじさんが胆石の手術で不在だったのとバタコさんの髪型が寝癖でアクマイザー3の真ん中の奴みたいな形になってしまい虫の居所が非常に悪かったという点である。

アンパンマン!何回やるのよこのくだり!?私たちはあんたの顔のためにパン屋やってんじゃないのよ!」

「そ、そんなあ。でもぼくはこんにちまであなたたちのために世界の平和を守ってきたというのにその仕打ちはあんまりパンマンです。パンぐらい焼いてくれよパン屋なんだから!」

「はあ!?誰が頼んだよ!?誰があんたじゃなきゃ世界を守れないと言ったよ?あんたもカレーも食パンもさ、顔が濡れただけでお釈迦じゃん?そんなひ弱なヒーローよりかはわたしのほうがなんぼか守れるね!世界!」

「や、やってらんねえ!ぼくは気付きました。今までみんなのために頑張ってきたがそれは愚かでした。カバオ、特にあのガキはそう思わせる!」

 アンパンマンは失意の中、とぼとぼと山奥へ歩いていった。バイキンマンは思った。今までアンパンマンがいたからこそ自身にレゾンデートルがあったのに奴がこちら側に堕ちては一体自分が何なのかさえ分からなくなる。バイキンマンはオペ後のジャムおじさんを訪ね「パンの!パンの焼き方教えてください!」と病院の床に這いつくばった。

バイキンマン、君がパンを焼いてどうしようというんだい?」

アンパンマンを、あいつを立ち直らせてやりたいんです!あいつは俺様からしたら憎い敵です。でもずっとそうあってくれなければ俺様は俺様でいられなくなる!これは俺様のためでもあるんです!どうか!どうかお願いですジャムおじさん!俺様に焼き方を教えてください!」

 バイキンマンは自家用の飛行物体にジャムおじさんを乗せ、共にパン工場を目指した。到着するとバタコさんはおもてでタバコを吸っていた。

「どうしたんだいバタコや?アクマイザー3の真ん中の奴みたいな頭をして」

「どうもこうもないわよジャムおじさん!その髪が全然戻らないの!きっとシャンプーを変えたからだわ……何が世界が嫉妬する髪へよ!わたしがSHIT!だわ!」

「今日からお世話になります」

「ちょっと!なんであんたがここにいんのよ!?どゆこと?おじさん!」

バイキンマンに焼きを教える」

「はあ!?何?わたしだけじゃ役不足とかそゆわけ?」

「わしは手術の後で事情もよく分からんのだがアンパンマンを救いたいそうじゃ。そういうことなら手を貸してやらんわけにはいかないだろうバタコ?」

「よろしくお願いします」

「待ってよ!だいたいこいつがいつもいつも茶々入れてくるからこんなことになってんでしょ!ちょっと!しっかりしてよ!ジャムよお!」

「ともかく、わしはバイキンマンに焼きを教える。文句があるなら辞めればいい。わしがここの工場長である限り、そこに勤める者としてわしの方針に従えぬというならそうすべきだよバタコ」

 バタコさんは足でシケモクをグリグリと踏み潰すと中指を立て工場を出て行った。チーズはキャンキャンと吠えたくったがそれがバタコさんを引き留める力にはならなかった。衛生上の理由から殺処分を余儀なくされていたチーズを情の部分で守ってくれていたバタコさんの不在は犬にとっては死活問題だった。こうなってしまえばチーズはなんとかしてジャムおじさんの心を掴まねばと「犬どころか菌そのものが調理場に立ち入るなんてどうかしてますよ!」と訴えたがジャムおじさんには犬の言葉など分からないのだった。こんな日のためにと買って付けておいたバウリンガルに表示されたのは虚しくも「お手てつないで」だった。

 翌日から二人のパン工場が始まった。ジャムおじさんは決して妥協を許さない人だったのでその教えは生半可なものではない。バイキンマンはバタコさんがあれほどやさぐれるのもわからないではないと自分の甘さを痛感した。しかしいつかは世田谷に一戸建てをと夢見たバイキンマンである。そのためにはまだ幾日も幾年もアンパンマンとわちゃわちゃせねばならない。その気迫はジャムおじさんにも伝わり、バイキンマンは今まで育てた弟子の中ではもっとも見込みのある奴だと認めたうえでバタコさんにさえ教えなかった秘伝のレシピを伝授した。バイキンマンもそれに応え修行に励む。そして完成したのは一見なんの変哲もないクロワッサン。しかし一度頬張れば山岡さんが「これですよ」としたり顔で宣う究極のメニューだった。

 バイキンマンは早速クロワッサンを手に山を捜索した。やがて再会したアンパンマンは顔がドロドロに腐り果て蠅の巣と化していた。

「なんでザマだ。アンパンマン!新しい顔だぞ!」

 バイキンマンはフルスイングでクロワッサンを豪速球。アンパンマンの顔は蠅共々彼方へと吹き飛びクロワッサンが装着された。謎の後光が山林を照らす。

「ぼく!クロワッサン!」

「え?」

「出たなバイキンマン!今日こそ地獄に送ってやる」

 バイキンマンはクロワッサンの顔をしたかつてのライバルを見つめ、悲しい顔つきで想い出は遠くの日々。

「これで、よかったんだよな……」

「クロワッサンパイルドライバー!!」