モンターグの貸出票

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鬼退治部

 槇山は焦った。思いの外、鬼という生き物は強かったのである。後輩の須々木が鬼の大木のような腕で薙ぎ払われ壁に叩きつけられ血を吐き瀕死の重体に追い込まれ、須々木とは彼氏彼女の関係だった深津が大声で泣き叫んでいた。

 鬼ヶ島B地区。それが彼ら県立牛繋第三高等学校鬼退治部の戦場だった。毎年ここ鬼ヶ島では東北、関東、関西、九州から選ばれた代表四校による全国鬼退治競技会が開催される。鬼ヶ島はその領土を四分割に区切られ、各校代表はその範囲内で鬼を退治する。ポイントは退治した鬼のサイズと総数で加算され最終的にポイントが多いチームが優勝となる。ルールは単純であったが一つ問題があった。鬼は容赦なしに殺しにかかってくるのだ。それは当然鬼側とて命を賭けた戦いであり、彼らには獲物がどういうわけだか向こうから飛び込んでくる絶好の狩り時だった。というわけで十代の華やかな時期に粗末に命を散らすというこの鬼退治なる競技人口は多くはない。それでも他のスポーツでは味わえない何かに取り憑かれた幾人かの若者達が毎年今日という日のために己が武を磨くのである。そして代表に選ばれた者達はいざ鬼を前に現実を知る。後悔に震え、夢であれと願いながら島の土の上に赤い花を咲かせた。

 槇山はチームメイトの危機に瀕して救命が先と考えた。しかしどちらにせよ眼前の巨躯を排除せねば須々木を助けるのは困難である。そこで槇山は深津に提案した。

「深津さん、俺は須々木を助けたい。こんなことになって、もう優勝だとかそんなのはいい。それに僕は君たちには普通に幸せであってもらいたい。オニ部に須々木を誘ったのは俺だ。俺たちは切磋琢磨日々修練してきた。まさか直前で筧の野郎が水疱瘡にならなきゃ君がこんなところにいる必要もないんだ。確かに事態は急を要していたけれど、須々木がまさか自分の彼女を補欠に連れて来るほど馬鹿だとは思わなかったんだ。確かに俺たちは鬼退治一辺倒で勉学そっちのけの部分はあったけれど、これは勉強したからどうこうとかいう問題じゃなくて人としてその常識や倫理観の問題だと思うんだ。とはいえ深津さん、君とは会場に向かう船の上で初めてお会いしたわけだけれど須々木のやつにこんな可愛い彼女がいたなんて、なんというか正直とても悔しい気持ちになっていたんだ。そうさ、俺は須々木じゃないから須々木のように君みたいな彼女がいないということになんらおかしいこともないんだけれど、それでも肩を並べて鬼を倒そうとやってきた俺たちだから、そんな時にやることやってんじゃねえかっていう思いが生まれるのは避けれなかったと思うんだ。まあ、それはいいさ。とにかく今は須々木を助け出したいと思う。君のためにも。だからキスしてほしい」

 深津は固まった。ただでさえ理解に苦しむ状況下で午前中に初めて出会った男、彼氏の先輩で親友というその男だが、はっきり言って限りなく見ず知らずに近い他人がその日のうちに接吻を懇願してきた上に自分たちのためにそれは致し方ないのだとする妙に上からものを言うような態度が解せないという気持ちになって返答に困った。

「さあ!深津さん!早く!」

「……でも、それは」

「迷う暇があるかよ!キスだけ!キスだけでいいから!」

「えっと、やっぱりそんなのは」

「そんなのはなんだ!須々木が死ぬぞ!」

「グガオーー!!」

「邪魔するんじゃねえよ!ザコー二が!」

「ギゲエエエ!!」

 鬼の返り血を浴びながら槇山はいっそ目を鋭く尖らせて言った。

「キスミー……プリーズ」

「え?でも鬼倒したし今なら……」

「ノンノンチチチ、キス、ミー、プリーズ」

 

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