モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

ドーナツ化船長

「もう一度確認します。あなたはキャプテン…….なのですね!」

「なんど言えば分かってくれる?私は紛れもなくこの船のキャプテンだ。少なくともここから半径10メートル以内で私ほどキャプテンなキャプテンはいない」

「生年月日」

「3069年4月26日。同じ誕生日の有名人は風間杜夫

「好きな食べ物」

「しば漬けとフルーツポンチ」

「自慢できること」

「カラオケの採点機能でDA PUMPの『Rhapsody in Blue』100点獲得。おわらあないなーあつきみがわらっ」

「キャプテン!!」

「隊員!!」

「しかし何故キャプテンがこんな姿に……」

「思うにワープトンネルを抜ける際、ハッキングにあった可能性がある。不覚だ。こんな19世紀から存在するオールドファッション……」

「どちらかというとエンゼルフレンチですけどね。しかしキャプテンがドーナツになってしまってはこれからの探索活動はどうしていけば……」

「臆するな隊員。たとえ私がドーナツの姿形をしていようと何だと言うんだ」

「銭湯とかは入れませんね」

「……。OH!ホォリィシッー!ファクファクファクファクマザファーー!サノバビッ!サノバビッ!スカムスカムスカムォーニング娘カムヒィア!キスマイアァス!サックマイキィス!アッチムイテホォイ!リアリィ?ハアン?アスホー?アスホー!アスホアスホアスホアスホアスホーーーール!」

「落ち着いてくださいキャプテン!お気を確かに!」

「す、すまない。やはり何とかして元の姿に戻らねばな。……奴に頼むか」

 私はキャプテンの命令を受けて船内のコンピューター制御室に来た。ドアを開くとツンと鼻を刺すような刺激臭を感じる。制御室には担当者が一人常駐している。もともとは白いティーシャツが完全に黄ばみ終え、他の船員から「チャリティー」とか「地球を救わなかった方の愛」と呼ばれている彼はサイバー管理の専門家だ。

「やあニコラ。今日もキレイだね」

「それはどうも。ところでチャリティー、キャプテンのことなんだけれど」

「ああ、ドーナツになっちゃったらしいね」

「話が早いわ。おそらくウイルスによる攻撃みたいなんだけどプログラム修正で元に戻せないかしら?」

「どうして僕がそんなことをしなくちゃならないんだ?」

「どうしてって、あなたこの船の乗組員でしょう?船長の大事にどうもこうもないんじゃない?」

「僕はあいつが嫌いだ。いい気味だよ」

「そう」

 私はチャリティーのデスクを蹴飛ばした。女性を象ったフィギュアが落下した。

「ああああ!ぼぼぼ僕のサマンサがアアア!!」

 サマンサ・ドルフィニカ・アンジェリーク。人気アニメのヒロインであり、私にしてみれば何の価値もない人形。

「ニコラ、その汚い足を退けろよ!僕は君を許さない!」

「あなたがキャプテンを助けないなら私はこのままサマンサの頭を踏み潰す。選ぶのはあなたよ、チャリティー」

「……分かった。けれど時間をくれ。中々に厄介なウイルスだ。何せ実存する肉体を書き換えるほどだぜ。僕でも正直どれだけ手段があるか」

「なるほど。じゃあそれまでサマンサは預かっておくわ。……逃げんなよ」

「……」

 私は背中に殺意を感じながら制御室を後にした。

「やあ、ニコラ。ん?なんだい、その胸ポケットの……人形?」

「気にしないでジェファーソン。それよりキャプテンのことだけど」

「聞いたよ。ドーナツになっちまったなんて。戻せそうなのかい?」

「チャリティーが全力で頑張るそうよ。ところで誰から聞いたの?キャプテンのこと」

「え?ああ、食堂でセスの坊やがみんなに話してたんだ」

「セスが?……そう、ありがとう」

「そうだ、俺、今回の調査活動が終わったら結婚するんだ」

「へえ、おめでとう」

「それで、その……ニコラにも式に出てもらえないかなって」

「そうね、生きて帰れたら是非」

「縁起でもないこと言うなよ」

「私たちの任務は命懸けよ。他国だって未開拓領域の獲得に必死なんだから。キャプテンがドーナツにされたのだって妨害工作だわ。結婚、大いに結構だけれど今は気を引き締めてちょうだいね」

「ニコラにもいい相手が見つか」

「それ以上何も言うじゃねえ。いいか?てめえのへそ下三寸、虚無空間にされたくなけりゃ黙って配置に戻れ」

「……ああ、悪かった」

 私はセスを探した。キャプテンのドーナツ化を知っているのは秘書の私だけのはずだったからである。チャリティーと会話したときも疑問だったけれど彼の場合は船内カメラを盗撮出来る気色悪さがあったから流した。でも他の船員にまで情報が伝わっているのはおかしい。情報源と思しきセスのことを私は疑った。キャプテンのドーナツ化は果たして他国からの攻撃だったのだろうかと。

「こんにちは、セス」

「……ハーイ、ニコラ。何か用?」

「二、三質問よろしいかしら?」

「今、手が離せないんだ。後でもいいかな?」

「二、三質問よろしいかしら?」

「や、だから今は」

「二、三質問」

「……」

「二、三、四、五……」

「なんのカウントだい?」

「十数えたらあなたの意識を消そうと思っているわ」

「よし、用事は終わった!終わったなう!なんでも聞いてくれ。ニコラの質問には答えなくちゃね」

「先ず、キャプテンのことどうして知っていたの?」

「キャプテンがどうしたんだい?」

「六、七、八」

「待って待って!」

「ジェファーソンがあなたから聞いたと言っていたわ」

「チッ!誰にも言うなってったのに……メールが届いてたんだ」

「メール?」

「これだよ」

「この度は『マネージャー -戦慄!夜の部活動-』をご注文いただき誠にありがとうございます。発送手続きが完了次第、追ってご連絡差し上げます。……何これ?」

「ちち違うよ!その下のファイルだよ!」

 差出人の欄にはペンデルトンと書かれていた。本文にはキャプテンがドーナツ化したこととそれは警告であり、即刻探査活動を中止するようにとあった。

「どうしてこのことをすぐに報告しなかったの?」

「イタズラだと思ったんだ。ドーナツ?莫迦莫迦しいってね。でも君が動いてるってことはまさかと思って動揺した。もしかして本当にキャプテンがドーナツになっちゃったの?」

「ええ、エンゼルフレンチ

「オマイガ!何てことだ!」

「このペンデルトンって奴に心当たりは?」

「さあね」

「じゃあ夜の部活動に心当たりは?」

「本当に知らないんだ!」

 セスは知っていること、それから性癖について洗いざらい吐いたけれど今回の犯人については本当に知らないようだった。しかし分かったことがある。セスのアドレスは船内に持ち込まれたセス個人のコンピュータのものである。ペンデルトンはセス以外にもメールを送信していたことがその後の調査で分かった。けれど個人のアドレスに送られていたのはセスの一件のみ。たとえ他国の妨害工作としてもさすがに乗組員の個人情報まで特定してピンポイントに送信したとは考えにくい。これはおそらくペンデルトンのミスだ。そしてペンデルトンはこの船の中にいる。セスの顔見知りである可能性は高く、延いては私も知り得る人物と推測した。

「もしもし、僕だ」

「ハイ、チャリティー。何か分かったの?」

「ウイルスにはまだ手をこまねいているけれど、メールの件は特定できたよ。ウイルス同様に難解なブロッキングが施されていた上にいくつもサーバーが経由されていて、まあ僕には及ばないけれどこんな技術を持ったやつがこの船の中にいたなんてね。けれど僕ほどになればこの程度の障壁を突破す」

「御託はいいから早く言え!……そう、分かった。ありがとう。ウイルスの方もよろしくね」

「サマンサは無事なんだろうね!?もしもし!もしも」

 切った。私はペンデルトンのところへ急いだ。

「あなた、だったのね」

「やあ、また会ったねニコラ」

「どういうつもりだ?このクソが」

「何がだい?」

「とぼけても無駄よ。チャリティーがあなたをペンデルトンだと特定したわ。ジェファーソン」

 私がその名を言い終えると同時にジェファーソンの脚は私の背後の壁を貫いた。

「脚が延びるのね。J・ペンデルトン。あしながおじさん

「昔から興奮するとね。おっと動くなよ。おかしな真似は止せ。これは何かな?」

 ジェファーソンは片手にエンゼルフレンチを携えていた。

「卑怯ね。弱いものいじめ、愉しい?」

「先に侮辱してきやがったのはこのドーナツ野郎だ!俺が結婚するって言ったら生まれてくるのは俺みたいにノッポの元気な子だといいなだと?ふざけるんじゃあねえ!俺がガキの頃からどれだけこの体質でひでえ目にあってきたか知りもしねえで!親のように思ってきた。何でも打ち明けた。それがこのザマだ!だがそんなクソッタレも今じゃあミスタードーナツよ!あっははははは!」

 たぶんジェファーソンは凄く興奮していた。嘲笑を浮かべながらどんどん伸びる脚のせいで頭は天井に達し、通路に不自然な柱となった彼を側から見ると滑稽だった。

「あなたがただの勘違いクソ野郎だったってだけでしょ」

「何だと!もっぺん言ってみろ!」

「あなたがただの勘違いクソ野郎だったってだけでしょ」

 際限はないのだろうか。血は頭に上っているのか脚に流れているのか、ジェファーソンはなおも興奮し続け首を曲げなければ姿勢を維持出来なくなっていた。

「殺してやる!殺してやる!」

「あなたなんかと結婚するお嫁さんが可哀想。本当に。まあ同じ知能指数だからお似合いなのかしらね」

「ウガアアアア!ガッ!」

 伸びに伸び続けた脚のせいでジェファーソンの首は鈍い音を上げた。やがて彼の肉体は萎えていった。

「可哀想な人。腰を曲げればいいものを。ドーナツ化、恐ろしい技術だけどある意味才能があったのに気づけなかったのね」

 私は床に落ちたエンゼルフレンチを拾い上げた。

「キャプテン、大丈夫ですか?」

 エンゼルフレンチは反応しない。

「キャプテン!キャプテン!しっかりして!」

「隊員、私なら大丈夫だよ」

 後ろを振り返るとキャプテンは元の姿で立っていた。セスとチャリティーもいる。

「きっとジェファーソンがドー……キャプテンを奪いにくると思ってね。すり替えておいたんだ」

「ほら!ウイルスも排除したよ。サマンサはどこ!?」

「キャプテン!」

「隊員!」

 私とキャプテンが抱き合った衝撃で胸元で何かが曲がってはいけない方向に曲がる音がした。けれどそんなことはどうだっていい。私は世界からたとえ争いがなくならなくてもキャプテンがいてくれたならそれでいい。私はキャプテンが好きだ。スペースシップの窓には煌めく星々に混じってうっすらと私たちが反射している。私とキャプテン、巨大なチーズバーガーの形をしたキャプテン。

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