モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

きょむクモッ!② 犬神八ツ墓ドグラ村殺人事件 其ノ一

 どうも、お久しぶりです。蟻吉です。すっかりご無沙汰なのでお忘れの方も多いと思いますが詳しくは「きょむクモッ!① - モンターグの貸出票」を御覧ください。

 さて、どうして僕が再び登場したかと申し上げますと、僕たち同好会《きょむクモ》が遭遇したとある事件について語らねばなるまいと思ったワケではないのですが青子さんがどうしてもと泣き喚いて聞かないので仕方なく参ったワケであります(まいったまいった白髪が増える)。

 というワケでこれより先はその事の顛末を神の視点蟻吉によって紐解いてまいりたいと思います。皆々様ご静聴のほどよろしくお願いします。

 

「アリョーシャ、事件のにほひがプンプンするね♪」

 僕たちは合宿という名目である場所を訪れた。そこは犬神八ツ墓ドグラ村と云った。千葉県東京ドイツ村くらい意味のわからないその村には、かつてペストを罹患した落武者が迷い込み、半狂乱となって村人を殺戮するに至り、最後は壁紙が黄色い部屋に立て籠って自刃しすべてがFになったという噂があった。これだけ聞いて〆切に困ったシナリオライターの雑な仕事としか思えない僕はあまり乗り気ではなかったのだが青子さんがどうしても行ってみたいと泣き喚いて聞かないので仕方なくやって来たのである。最初は馬鹿にしていた僕も犬神八ツ墓ドグラ村に踏み入った瞬間は妙な悪寒におそわれて、所謂「予感」というやつなのかと思ってしまった。

「どうだい?どうだい?アリョーシャ!この空気!犯人はこの中にいる!」

「いやいや、何ぬかしてるんですか。なんにも起きてないでしょ」

「青子が言うとることもあながち馬鹿に出来ひんで。なんか寒なってきた」

「真冬ですからね。てか小栗さんまで馬鹿なこと言わないでくださいよ。僕らはあくまでひと冬を同好会メンバーとして親睦を深めるためにですね」

「アリョーシャ、君こそ何ぬかしとんねん?こんなワケのわからん集まりがワケのわからん村で何の親睦を深めるちゅうの?」

「紅音!私たちは崇高なる志しのもとに集った同志ではないのか!?いわば円卓の騎士!ナイツオブラウンド!」

「アリョーシャ、あいつの相手はあんたに任せるわ」

「ヤですよ」

「お前らの血は何色だ!!」

「「赤です」」

 青子さんはナイツオブラウンドだなんだと言うが、藍美ちゃんさんは海外暮らしの頃の友人を訪ねてロンドンに渡ってしまっていたし、もう一人のメンバーである穢土川翠(えどがわみどり)は相変わらず幽霊部員ニューヨークの幻状態で、村を訪ねたのは僕、青子さん、小栗さんの三人だけだった。小栗さんは村の曰くよりも温泉目当てだったし、僕といえば冬休みの宿題がさっさと終わって暇だったからに過ぎない。しかし僕はもっとその余暇の使い道を重んじるべきだった。これから僕たちを巻き込んだ悲惨な舞台の幕はこの時すでに上がっていたのである。

 僕たちを出迎えてくれたのは小さな女の子だった。旅行会社から聞いていた現地のコンダクターの名前が「きょうごくなつひこ」だったので、もっと胡散臭い番頭という感じの中年男性を想像していた僕は拍子抜けした。

「えっと……」

「どうも、ようこそドグラ村へお越しくださいました。私が皆さんのご案内をさせていただきます鏡極夏妃古(きょうごくかひこ)と申します」

 確かにまだ子供なのだが(僕もだが)小学生と言われれば驚くほどにそうは見えない鏡極夏妃古の丁寧な口調に僕はもう一つ拍子抜けした。

「ああ、“なつひこ”じゃなくて“かひこ”ちゃんなんだね。納得納得」

「それでは皆さま、お宿は此方になりますので私の後に付いてお参りください」

 夏妃古ちゃんの立ち振る舞いはこの中の誰より大人びていた。しっかりした子という印象がある。僕たちは彼女に案内されてただただ言われるままに宿を目指したのである。その宿というのがよりによって噂のペスト武者が自刃したという最期の場所を現代に残す宿なのである。そんでもって青子さんたっての希望により僕らが泊まる部屋こそ、その黄色い壁紙の部屋なのだった。

「青子さん、部屋の表札見ました?」

「みた。癙の間と書いてたな。あの案内幼女曰くペストと読ませるらしい。黒死病と言いながらこのレゴばりの芥子色……趣を感じる」

「感じませんよ!だいたい未成年の男女がおんなじ部屋で寝泊まりするのはいかがなものかといかがなものかと!!」

「アリョーシャは案外ウブなんやな。心配すな。あんたはウチの好みやない」

「聞いてないわ!そういう問題じゃなくてですね!」

「本当にここで落武者が腹を切ったなら血飛沫の後があってもいいものだけどな」

「そんな部屋誰が泊まるんだ!……僕らか!」

「事故物件みたいなもんか?」

「お客様」

 襖が開くと夏妃古ちゃんはそこにいた。その透き通るような白い肌にまるで常世の住人かといった異質さをおぼえさせるとともに背筋を震わせた。ザ・俗物という感じの青子さんや小栗さんとは似ても似つかぬ女の魅力みたいなものを感じていた。しかしそれを深追いするのはあまりに危険だとも。

「お客様、落武者の話はあくまで噂に過ぎません。このドグラ村では過去何百年と遡ってもそのような血生臭い事件があった記述などございません。どうか安心しておくつろぎくださいませ」

「ダメよ!それじゃあここに来た意味ないもの!私たちは血生臭いのが欲しいのよ!」

「一緒にするな!ごめんね夏妃古ちゃん、この人は頭がおかしいんだ」

「お客様……お優しいのですね」

 そう言って夏妃古ちゃんは初めて笑った。僕は胸を射抜かれた。不覚にも僕より五つか六つも年下である彼女に鼓動の高鳴りを覚えたのだ。恋しちゃったんだ、たぶん、気付いてないけど。指先でメッセージを送りそうになるのを自制心でなんとか抹殺して「そんなことないよ」と年上ぶってみせた。

「アリョーシャ、犯罪だぞ」

「何を言っている」

「あんた、あの子いくつや思とるん?」

「意味がわからないな」

「君のわかりやすさときたら」

「やめろ!そんなんじゃない!だいたいあんたたちみたいな変人相手に日々を送る僕にだってオアシスがあって然るべきだ!」

ノエル・ギャラガー?」

「黙れ!僕は温泉に入る!温泉に入るぞ!」

 小っ恥ずかしさを隠しきれず離れの温泉へと足を運んだ僕は途中奇妙なものを見かけた。それは後ろ姿からも異質な空気を漂わせていた。ユニクロが盛況の時代に甲冑を纏ったそれは僕にこの村に伝わる噂を思い出させる。やがて甲冑は此方に振り向こうとして僕は全力で現実逃避を試みた。

「逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ」

 いつの間にか甲冑は見えなくなり僕は全裸で岩の上に立ち風を感じていたのだ。思えばティーンエイジャー風情にはあまりに豪華な旅だった。親の監視がない場所で午前中から温泉に浸かるのはなんだか大人になった気がして鼻が高くなる。それが破格の値段で提供されていて十代の僕らの小遣いで手が届くほどなのでもっと人が集まってもおかしくないのにと思っていた。その時までは。

 

「アリョーシャ!見ろ!蟹だ!真昼間から蟹だぞ!かにかにかにかに!」

「こっちはサメかいな?」

「や、ヒラメでしょ。どっからジョーズ出てきたんだよ」

「こんな山に囲まれた村で驚きの海鮮力!」

 確かに不思議だった。夏妃古ちゃんが言うに料理長が市場まで買い付けに行っているらしいが、この村から最も近い距離にある市場までは相当な距離だった。しかし出される料理がみな新鮮で、一度その味に魅入ってしまえばそれは瑣末なことだった。

 夏妃古ちゃんはこの宿を切り盛りする女将の一人娘だった。もっと小さい頃から旅館勤めとしての接客のノウハウを女将から厳しく叩き込まれたらしい。そんな女将の厳しさも夏妃古ちゃんは母の優しさだと言った。あまりに出来すぎた童女の思考回路に僕は自らを恥じたくなった。ふと横に目をやるとメダパニダンスをくらって一緒に混乱しながら朝まで踊り続けるような先輩が二人いて侮蔑以外の感情が見つからない。僕は夏妃古ちゃんとの将来を思い描いた。旅館の若旦那、悪くない。

 夏妃古ちゃんの休憩が終わる頃合いで僕は夕食前にもうひとっ風呂浴びようと温泉に向かった。しかし、先ほど妙なものを見たあたりに差し掛かると嫌な気持ちになって目を瞑って突っ走ろうとした。その時ドンと何かに当たる感触があって目を開けると、そこに大きな人影を見た僕は落武者に斬られる時出来るだけ痛くないよう気絶した。

 

「蟻吉様!蟻吉様!大丈夫ですか?」

 意識が少しずつ戻る中、僕は夏妃古ちゃんの声を聞いた気がして飛び起きた。

「蟻吉様!残念でしたー!ウチやウチ!」

「小栗、テメーだけは殺す!」

「わー♪」

「ちょっと紅音。あんたからかいすぎよ。たとえロリコンど畜生のアリョーシャにだって生きる権利があるの」

「夢野、テメーも殺す!」

「せやけどあんたほんま大丈夫?ここの使用人のおっさん、えらい申し訳なさそうにしとったで。強面で驚かれたことはようさんあるけど気絶されたんは初めてやて。笑うわ」

「そうですか。こっちこそ悪いことしちゃったな。でも違うんです。僕見たんですよ」

「何を?」

「最初に温泉に向かった時、傍の茂みの奥に甲冑姿の人影を」

「詳しく聞かせろアリョーシャ!で!?で!?早く!」

 青子さんの目が輝きはじめた。そのギラつきは真夏の太陽。

「僕、怖くなって逃げたんですけど追ってくる様子はなくて。だからまたそのあたりに来た時、たまたまその方を落武者と勘違いしてしまい」

「アッハッハッハ!え?何?あんた落武者伝説めっちゃ気にしとるやん。ションベンちびらんかった?ムーニーマン買いに行こか?」

「テメーって奴はよ!」

「これではっきりしたわね。落武者はいる!」

「めちゃめちゃぼんやりしてると思いますが僕もちょっと気になりますね」

「ほな今から行こや」

 小栗さんの提案に静まり返る部屋。目をそらすとどぎつい黄色が飛び込んでくる。

「なんや。そんなもんかい。きょむクモっちゅうのは」

「ち、違うわよ!ただ準備ってもんがあるでしょ!」

「何を準備すんねん?刀か?お札か?」

 僕が言うのも何だけれど青子さんはミステリ好きのわりにめちゃくちゃビビりだった。猟奇的な事件はそれがフィクションだから全身全霊楽しんでいられるわけで、実際に人の死が見たくてたまらないなどというサイコではない。黙っていればそれなりに美人だったし頭も良くて、趣味に盲目なのは玉に瑕とも言えたが良いところとも思えた。一方、小栗さんはどこか得体の知れぬ強い純粋さがあって、それは時に冷酷だったりする。猫が雀を弄ぶ様にワーキャー言ってる女子を尻目に「二度とから揚げ食うな」と冷たい目で言ったりする。二人がいいコンビだと思うのはそれが支え合いのようにお互いのちょっと行き過ぎたところをカバー出来ているからだ。その中で一緒に騒いだりするのは僕にとっても実は居心地が良かったりするのだ。ここにいない藍美ちゃんさんや翠もそこの波長が合うのだと思う。

「蟻吉様、申し訳ございません。うちの者が大変なご無礼をいたしまして」

「あ、いえいえ。悪いのは僕の方でして」

 女将の鏡極阿彦(きょうごくあびこ)さん。つまり夏妃古ちゃんのお母さんは、えげつないベッピンと小栗さんが言ったようにとても綺麗な人で、その血を継ぐ夏妃古ちゃんがあの年で漂わせる色香も阿彦さんの子と思えば納得だった。

「手前どもにお役に立てることがありましたらなんなりとお申し付けください」

「や、ほんと大丈夫ですから。ええ」

「夏妃古ときたら蟻吉様に何かあったらなどと泣きだしてしまいまして、そのような顔を見せるわけにもまいりませんので奥で休ませております。申し訳ございません」

「夏妃古ちゃんにもごめんなさいとお伝えください。もう心配ないのでと」

 阿彦さんは優しく微笑み返して部屋をあとにした。次いで落武者もとい大男かつこの旅館の使用人にである万田院灰郎(ばんだいんはいろう)がやって来て、おでこから火が出るのではないかと言うくらいに擦り付けて謝罪した。僕は申し訳なさから彼以上にデコ火起こしに応じたが傍目から見て異様な光景だったと思う。万田院さんはその身なりに反してめちゃめちゃに人の良い方で、森の奥で肩に小鳥を宿す巨人という感じだった。

 万田院さんの誤解が解けたところで僕たちきょむクモは再び落武者の影を見た場所へとやって来た。

「ちょ、アリョーシャ!あんた男でしょ!先に行きなさいよ!」

「は!?青子さんが落武者見たいってったんでしょが!先行ってくれよ!」

「ほんまにあんたらは……コラァ落武者!出てこんかい!ワレェビビっとんか!おおん!?」

「「止めろ!」」

 小栗さんの挑発が届いたのか道の向こうから何者かがやって来る気配があり、僕と青子さんは咄嗟に小栗さんの背に隠れた。

「お前らな……」

 人影は僕たちの前に立つと鋭く冷たい目つきで睨みつけてきた。

「君たち、この村の人間じゃないね」

「ええ、まあ」

「何してるの?」

「観光……です」

「観光?はん!また変な噂につられて……物好きが多いね」

「また?」

「さっさと帰ったほうがいい。この村の連中は昔から《ヨソ者》には厳しいからね」

「落武者への恨み、ってことですか?」

「うわべしか知らない奴にこれ以上話すことはないよ。じゃあね」

 若い男だった。顔は整ってて偉そうでいけ好かない感じだ。ただその男が端々に口走ったことが僕にはどうも引っかかった。うわべとは何のことか?気にはなりつつもそれ以上は何も分からず、僕たちは村を一通り歩いて宿に戻った。夕食も相変わらず海鮮メインの料理に舌鼓を打った。最初の夜はUNOでボロ負けしながら更けていった。

 

 一夜明けて、僕たちはまた温泉までの通り道にやって来た。青子さんは首から御守りを下げていた。安産祈願。まあないよりはマシなのだろう。けれどそれは何の役にも立たなかった。いやに鴉が喧しいのが不穏だった。温泉に繋がる獣道に昨日、僕たちの前に現れた若い男が無惨な姿で転がっていた。首と胴が切り離され、切断面は鴉についばまれ、どう見ても死んでいるのは明らかだった。僕たち三人は不思議と押し黙ってしまった。本当に恐ろしい時は声が出ないのかもしれない。ただ足の震えはいつまで経っても止められなかった。