モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

一月一五日

 早く起きて散歩した。むちゃくちゃ寒くて後悔した。けれど体を動かすことに意義があると信じた。寝床は底なしの沼であり足をすくわれる前に抜け出なくてはならない。引き抜かれた直後のマンドラゴラが如き悲痛な呻きとともに目覚め、なんとか奮い起たせた鉛のボディを引き摺って外に出た。雪こそ積もらねど、その冷えは身を引き裂く。それでも行かねばならぬ。目的地といった明確な場所はないけれど歩かなくてはいけない。真の覚醒たるや未だ暁を覚えてはいないのだから。

 笠地蔵の気持ちを考えていた。雪の中、石の体を引き摺って恩義に報いるその姿が自分に重なる。違うのは自分がそのような聖人の魂ではないだけだ。それだけのことだが大きな違いであった。自分は聖人ではないからすぐにコンビニに入って暖をとる。フィッシュバーガーとコーヒーを買って休憩コーナーで休憩した。部屋でウダウダするよりはなんぼかマシだと言い聞かせ、再び重い腰を上げ駐車場までやって来た。そういえば知り合いの荷物を預かりっぱなしだったので届けようと思ったのだ。

 留守。電話をかけると今実家だと言う。奈良。奈良はしんどい。奈良まで行くのはしんどい。知り合いが良いと言うので玄関先に置いてきた。笠地蔵。

 再び車を停めて部屋に帰ると即座に怠惰を司る悪魔の声がする。まさかと思い便所の扉を開くとベルフェゴルが鎮座していた。

「うーっす」

「去れ!」

「布団、温めておいたよ」

「なに!?……冷え冷えじゃねいか!」

「頑張るなよ」

「やかましい!」

「一眠りしようぜ」

「だまれ!」

「布団、温めておいたよ」

「冷え冷えじゃねいか!」

 きりがないので便器に押し込んでレバーを捻り倒したエクソシスト私はシャワーを浴びて体を清めた。

 仕度をしてモスバーガーに来たのだが朝もハンバーガーを食べたことをすっかり失念しているあたり悪魔の凶悪さを恐ろしく思う。しかし店内でお召し上がることを承諾済みだった私は引くに引けぬ状況で昼もハンバーガーと相成った。

 またしばらく歩いた。すっかり冬である。シャワーなんかやめときゃ良かった。やってて良かったのは公文式だけだ。山の方では雪が積もるという。積雪はないが寒ければ寒いとしか言いようもない。それでも眠ってはいけない。私は歩き続けなくてはいけない。

 立ち寄った喫茶店で爆睡した。お疲れ様ですとご主人。ベトベトンみたいな涎を引いて恥じらう。某SNSを開くとポケモンの話題がある。ポケモンといえば金銀で歴史を綴じた自分にはよくわからない。けれど知った人同士が共通項で盛り上がると興味が湧くのは悲しい人間の性である。財布を開くとゲーム機とソフトを買っても釣りがくるくらいには金がある。だがあるというだけで、それをポケモンに使用することは給料日までのあと幾日を霞を食って過ごすことを意味していた。何匹ピカチュウイーブイを捕らえて愛でたところでチロルチョコ一粒の輝きには勝てないのである。いくら買えるものとはいえ、うまい棒マスターカードで買いますか?私はそっと財布をしまうといつものように本屋を目指した。

 本屋に着くと、年末に掲げし私的SF元年とする本年の在り方を思い、それに基づいて散策した。先ず足穂である。私は稲垣足穂の熱心な読者ではない。家に帰れば『ヴァニラとマニラ』が置いてあるくらいで殆ど触れることはない。けれどいつだか読んだ三島の足穂作品の評が良くて、それは足穂が良いのか三島の力かはさておき、しっかり一冊読んでみたいと前々から思っていたところ、文庫では分冊だった『ヰタ・マキニカリス』が一冊となって出ていたので買ってみた。

 さて足穂はSFかという問いに対して、私はこう答えるだろう。「知らんがな」と。そう、私は稲垣足穂を知らないのだ。けれど直感的な嗅覚が語るに、本自体の放つオーラみたいなものが私の掲げたSF元年という意味合いにひどく合致していたのだ。で冒頭の一作「黄漠奇聞」を読み進めると《星》にまつわる話である。この分かりやすさが元年に相応しい。

 今年は先ず飛浩隆『グラン・ヴァカンス』を読み切ることが第一の目標で、この作品については正直何度か挫折している。『象られた力』を読んだ時にはワクワクが止まらず一気に行けたのだけど、その流れで廃園の天使シリーズに手を出した結果もっと面白く、かえって許容を超えて「今はアカン!」みたいな気持ちになり封印してしまった。あらためて読み始めるとやっぱり楽しくて、また違うのかもしれないけれどいっときラノベを漁っていた頃(ブキポとかキノ旅)の現実を殺してくれる世界観が広がってくる。だからやっぱりこれを今年最初の一冊にしたいので足穂はある程度で止めておくとしよう。

 とまあ第一目標を掲げつつもせっかくやってきた本屋であるからもう一冊くらい買ってもいいよね?と声がする。先程現実に勝てなかったポケモンとは打って変わって書籍ならオッケーみたいな甘さがある。それもしゃらくせーー!!の一言で片付けてしまって私が選んだのは新井素子星へ行く船』だった。

 何故かわからないけれどまったく読んだこともない新井素子作品を絶対に好きなやつみたいに思えるのはこれまた直感だったけれど、さわりを読んでみるとやっぱり好きなんですよ!

「おいおい、またシリーズものかい?」そう、『星へ行く船』はシリーズで、私が買ってみた新装版のやつは五分冊の予定という。近年遅読ぶりの甚だしい私がはたして最後まで読み切れるのかという問題だけれど……「そんな瑣末なことにこだわりだした時から物事は色褪せていくんだよ」と近所のネイティヴアメリカンがそう言うのだ。ただこの勢いあるうちに今年は精進していこうと思います。

 

星へ行く船シリーズ1星へ行く船

星へ行く船シリーズ1星へ行く船

 

 

 

 

 

 

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