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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

一月二日

 久しぶりに祖父に会った。彼が私のことなどどこの誰かも分からなくなってしまって久しい。積極的に言葉を(声として)発することもない。ベッドの上で穏やかにうたた寝していたところに私は顔を見せた。

「こんにちは」

 まるで他人行儀な私だ。

 

 祖父との想い出を振り返ると、私がまだ小学生だか中学あがりたてだったくらいの頃に『スターウォーズ エピソード1』を観に行ったのを覚えている。私は祖父と二人きりで劇場の外の長椅子に腰掛けて上映開始の時を待った。いざ劇場内へ案内されるとスクリーンには映像が流れていて「予告かな?」と思いながらじっくり見ているとじつは映画のクライマックスだった。どおりで案内直後にもかかわらず座席に人がいっぱいなわけである。結果的には結果を遡る形でスターウォーズを見た私はそれでも楽しんだように思う。祖父も内容が分かって言ってるのか「おもしろかったか?」と私に問い「うん」と頷く私だった。

 その後は豚カツを食べに行ってガチャポンを二回ほど回し(そこにいなかった弟への手土産として)帰宅の途についた。

 私が思い出す祖父とはそんな感じだ。まだはっきりとした意識があった頃の祖父が、帰郷した私を父の友人と勘違いして挨拶した時、私も少しびっくりはしたがあまり気にしなかった。それが次に会う前に父から報せが入り祖父が倒れたことを知った。祖父と交わした最後の会話は「僕やで」「そうか」のそれだけだった。

 

 祖父が入院してから会いにくるのは二回目だ。地元を離れて中々に帰らない私を祖父は誰だと思って目を合わすのだろう。私も祖父をどこか以前の祖父とは違う誰かとして見ているのかもしれないと妙な考えを持った。

 ただベッドの横に立っていた私。うつらうつらと横たわっている祖父。会話のない時間が過ぎて、向かいのベッドの患者さんが見ているテレビ番組の音だけが流れていた。

 さて帰ろうかと思い、私は祖父に手を振った。「また来るよ」と一言いって、それがいつとは約束しない孫である。

 祖父は私に手を振り返した。それまでろくな反応もなかった祖父が私に手を振っていたのだ。おまけに目元から涙を零しやがる。なんだよ。やっぱりおじいちゃんやんか。

 

 私は自責を感じながら、いい大人のくせをして泣いた。声こそあげなかったもののひどい顔だったように思う。不孝者の孫だ。可愛げのない自分勝手な私を祖父は可愛がってくれた。それを邪険にしたこともある。私の名前を呼んでくれることはもうないだろう。いろいろ悔やんでも遅いということはままある。ただ、それが何かを取り戻すわけではないとしても、私はその後もしばらく祖父のそばにいることにしたのだった。

 

 病院から家に戻る時、道草してスターウォーズのDVDを借りて帰った。 

 

 

 

 

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