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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

春になったら

  私の祖父は腹話術師だった。町内の幼稚園なんかに呼ばれたりしてそれを披露した。私もまだ園児だった頃、祖父の腹話術を園で見ることがあった。私はひょうきんな演技で子供達を笑わせる祖父が誇らしくもあり恥ずかしくもあるという自我の芽生えの最中で、家に帰ると何だか祖父に対してよそよそしく接していたように思う。

 祖父が寝たきりになってからというもののすっかり静かになってしまった相棒の人形。彼はジョナサンといってなぜか外国人だった。私はジョナサンの目つきが幼い頃から怖くて近寄りがたかった。けれど一度祖父が魂を吹き込むとジョナサンはまるで別人で、その時のジョナサンだけは私も愛することが出来たのである。ジョナサンは園児に愛されていた。次はいつ来るのか?祖父は子供にまとわりつかれて次回を期待されていた。私は家に帰ればいつも祖父とジョナサンがいて、それは他の子供達に対しての自慢でもあった。

 祖父は一度だけ私のためにジョナサンに魂を吹き込んでくれた。私がジョナサンを怖れて泣くあまりに、そうではないよと優しく教えようとしたのである。この時、祖父は少しひねりを利かせた。ジョナサンが祖父の声で、祖父はジョナサンの声で話し始めたのである。幼い私はそれが不可思議で最初は驚きの眼差しが、どこかで寂しさを募らせて、何だか祖父が遠くへ行ってしまったような気持ちから余計に泣きじゃくってしまったのだ。祖父は慌てて私を抱きしめると「どこにもいかないよ」と祖父の声で私に言った。

 祖父はどこにも行けなくなってしまった。持病から足を悪くしてしまい歩くのもままならず、それは彼から気力を奪い去り、いつしか私のことも思い出せなくなっていた。祖父の声は久しく聞いていない。何人もの声色を使い分けた子供達のスーパースターは今やおとなしい一人の老人だった。当時の私の同級生で彼のことを覚えている者が何人いるだろう。たとえ思い出しても過去の人。そんな人がいたのだと誰かに語って聞かせるのが関の山だろう。誰も腹話術師の行く末など想像したりしない。けれど私は違う。今なおその腹話術師が目の前のベッドに横たわって、かつての栄光を剥ぎ取られた寂しげな姿で存在しているのだ。同様にジョナサンも瞼を閉じたまま、捨てるに捨てられず行き場だけを失った幽霊のように部屋の片隅で揺蕩うのだった。

 私は祖父のベッドの隣で文庫本を開いた。とても静かなその部屋はひどく落ち着いた。かつては怖れた人形の眼差し。それも私は克服して落ち着きのひとつの要素としていた。私はこの部屋で園児だった。最後の最後の一人になっても祖父の腹話術を期待している園児だった。私は帰ってきてほしかった。祖父は紛れもなくまだ私の祖父だったけれど、あの頃の華やかな私の自慢のおじいちゃんに帰ってきてほしかった。私は文庫本を閉じると、出来心からジョナサンを太ももに乗せた。口を閉じながら祖父がやってみせたようにジョナサンの言葉を吐いてみる。どうも口もとがまごついて上手く言葉にならない。私は下手だねとジョナサンに言ってみたりして、ジョナサンは拙い言葉でそれを否定した。ふと祖父の顔を見遣ると彼は穏やかな笑みを浮かべていた。どこにもいかないよ、そう言ってくれたあの時の祖父の顔だった。私はジョナサンの言葉で嬉しさを吐き出した。それが途中からよく分からなくなって結局自分の言葉で感謝や寂しさを、祖父への想いをすべて告げていた私は泣いていた。それが落ち着くと祖父は音になるかならないかの弱々しい手つきで拍手した。

 

 子供達は笑顔で私にすがりついて「次はいつ来るの?」と聞いてくる。私は「春になったらね」と答える。それまでにはもう少し上手くなっていたい。

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