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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

放たれざる生

 私には花粉症の人間の気持ちがわからなかった。私は花粉症ではなかったから。この時期はスギがすごいらしい。けれどスギに悩む人間も、人間悩ませのスギ花粉の気持ちも私にはわからなかったのである。

 早朝。私はたまたま通りかかった山道で、一匹の猿が飛び出てくるのに気がついて急ブレーキを踏んだ。それでも止まれずハンドルを切った先が崖のガードレールで、そのまま突っ込んだ私の車はフロントがぐしゃぐしゃになり、生きているのが奇跡だと思える様だった。私はなんとか車体から這い出ると、目の合う猿が鼻を垂らしていた。私は額から血を流し、猿は鼻から水を垂らしていた。垂らし者同士の縁とでも言おうか、私は左ポケットからハンカチを取り出し額をおさえ、右ポケットから取り出したティッシュを猿にくれてやった。猿は一瞬私が投げたティッシュに怯んで後ろに飛び退くと、鼻水だけは慣性の法則に従ってびーんと糸を引いた。鼻垂れ猿はおそるおそるティッシュを触ったり嗅いだりしながら、鼻詰まりを忘れて無臭のそれを安全だと判断すると器用に鼻をかんでみせたのである。

 私はいつだか河川敷で狸が歯を磨いていたのを思い出した。どこで拾ったのか歯ブラシを使ってせっせと歯を磨いていたのである。私はそのことを友人たちに話すことで友人と呼べる者を失った。あれ以来、人付き合いがうまくいかず、緑のたぬきを食べれなくなった。

 私の出血は思ったよりひどく、ハンカチはもはや血を吸えないほどに真っ赤に染まっていた。薄れゆく意識の中で私は鼻かみ猿のことを墓場まで持っていく決心を固めた。叶うことならもう少し生きて、狸が歯を磨き、猿が鼻をかむのが当たり前の時代を過ごしてみたかった。その時私を見放した友人たちにほれみたことかと見返してやりたかった。私は気づくと悔し涙をぼろぼろ流していた。命が惜しいのではない。私は嘘つき呼ばわりされたまま、それをトラウマに引きずって死んでいくのが虚しかった。あと緑のたぬきをもう一度だけ食べたかった。そんな私を哀れんでか鼻垂れ猿は私に近づいて私の血だらけの顔にそっと触れた。ベトベトの鼻水とティッシュのカスにまみれた汚い小さな手は温かく、私は「なんだこれ? めっちゃあったけえ……」と呟いていた。私の死因かもしれないその鼻垂れ猿を私は恨めなかった。猿肌の温もりに包まれて私はそのまま意識を失った。

 

 目が醒めるとベッドの上だった。医者が言った。私の額にはティッシュが押し当てられてあり、それが生死の分け目だったと。第一発見者のハイカーの夫婦は血まみれの私に気が動転してしまい応急処置どころではなかったという。ならば私を救ったのは……。そんなことを考えていると思い切りくしゃみが出た。私は鼻を垂らした。山で大量の花粉を吸い込んだ私はついぞ花粉症となった。私はあの鼻垂れ猿を思い出して彼の功績をそっと胸にしまった。花粉症の人間数あれど、それら万別の生である。あの鼻垂れ猿は私にもそんな特別があるのだと教えてくれていた。

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