モンターグの貸出票

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新しい朝

新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三

(「ラジオ体操の歌」)

 

 昨晩から妹が私の部屋に転がり込んで来ていた。妹は旦那と喧嘩したらしく、家出して私にしばらく泊めてほしいと言った。私はマンションに一人暮らしで、それにしては広い部屋だったから妹ひとり泊めてやるくらいはどうということはない。けれど私達は幼い頃から仲良し姉妹というわけでもなく、一言目は「なんで?」それに対して妹も「関係ないでしょ」そのままなし崩しに私は妹を泊めることになった。私はその夜、妹の愚痴を聞かされる。その日の朝ごはんは旦那の当番だったらしいのだが、食卓に納豆とバナナが並んだことにひどく怒っていた。私はわりと無頓着なので何方かと言えば妹の旦那の肩をもってやらないでもなかったが、少し大人になった私は妹の話を黙って聞いた。

 納豆とバナナは引き鉄。妹の話を聞いていくうちにそう思った。それまでに溜まっていたストレスがはち切れた。主な理由はそんなところだ。旦那の母親、つまりは姑からご世継ぎ問題でだいぶ圧がかかっていたらしい。いつになったら孫に会えるのか、そんなことを遠回しに言われるという。私たちの親はその辺うるさくない。孫どころか結婚すら気にならないらしく、おかげで私は未だに独身でいる。だから妹の悩みも正直なところよくわからない。たしかに日々そのような小言がまとわりつくのは私だって真っ平御免だが当事者ではないから苦痛は分かり得ない。妹が一通り文句を言い終えた様子のところで私は「バナナ納豆くらい許してやれよ」と言った。妹は再び眉を吊り上げて「お姉ちゃんは何も分かってない!昔からいっつもそう!」と涙ぐんだ。

 たしかに私は妹の悩みがわからない。けれど昔とは何の話だ。私は妙なところで引っかかった。なら既に旦那がいる妹に独身の私の気持ちが分かるというのだろうか。はてさて悩みなどとは人それぞれの抱えたその人の業のようなものではないのか。私は妹こそ身勝手に思えてくると、些か冷静さを欠いて言い放った。

「あんたが幼稚なだけでしょが」

 妹は私のこめかみを凄まじい握力で抑え込んできた。私とてふざけるなと妹の頬に思いきり張り手をくれてやる。するとエスカレートした妹の怒りは私の肩を掴んで関節技を決めてきやがる。私はすぐさま体制を変えて妹の顎を掴み、引っ張り上げて背骨を逆海老反りにしてやると妹は「ウッ」と静かな呻きをあげた。私が流石にやりすぎたかと刹那緩めた力の隙をついて妹は私の顔面に頭突きを見舞った。

「てめ!嫁入り前ぞ!」

「一生いけるか!クソタコ南京虫!」

 幼き日、私たちの激情を鎮めたのは両親の叱りだった。しかし今や私たちは老いの申し子であり、体力の渇望から息絶え絶えの二人である。私も妹もゼェゼェと息を吐きながら二の句が告げないでいた。そのあとは終始会話もなく私たちは別々の部屋で眠った。はじめて広い部屋を借りてよかったと思った。

 

 今朝、目が覚めると妹はもういなかった。テーブルの上にはおにぎりが二つ。わざわざ炊いて握ったらしい。案外主婦をやっているのだなと少しばかり感心した。おにぎりの隣にはメモ代わりだろう。納豆とバナナが置いてある。たしかうちには納豆もバナナもなかったはずなので買ってきたのかと思えばいろいろと莫迦莫迦しくなってきた。妹はあれで旦那が好きらしい。私は結婚も悪くはないなとちょっと強がったりした。新たな一日の始まりに私たち姉妹は今日も少しだけ前進した。

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