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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

でんせつの剣

 私がそこに到着した時には真壁琴美が地面に突き刺さった、おそらく剣のようなものの前で立っていた。私の自転車がたてたブレーキ音と地面とタイヤの擦れる音に気がついた真壁はこちらに振り返るなりこう言った。

「でんせつの剣になります」

「真壁、よく考えよう。この時代にでんせつの剣は要らない」

「あれば引き抜くのが勇者。そう思わんかブリュセルヴァリシュよ」

「私はブリュセルヴァリシュではない。美作キミカその人です」

「おまえがミマサカでもブリュセルでもそんなことはどっちだっていい。これがでんせつの剣である以上、そして私の中に流るる竜の血がそれを引き抜けと……そう言うんだな」

「真壁、おまえには父達雄、母絹江の血が流れているだけだ。達雄がせめて辰雄だったらな……」

「キミカ!能書きはもういい!とりあえずこいつを引き抜くのを手伝いなさい!」

 おまえがな、そう思いながらも私はでんせつの剣らしきもののグリップ部分を両手で握り締め、引力に逆らう形で全ての力を解放した。迸る汗は春先ながら夏の始まりを予感させる。

「無理だ」

「待て!諦めるのはまだ早い!ネバーロボコップ!」

「いや、無理だ。かたすぎる。錆びたジャム瓶の蓋くらいのかたさだ。朝食はバターでいこう」

「バキャヤロー!こんなチャンスめったんないぜ!でんせつの……剣!」

 私は真壁の真剣な表情を前にこいつを嫌いになれないなと思った。でんせつの剣を諦めさせる方法を考える方が引き抜くことより一万光年速くとも、私は真壁の想いと共にありたいと感じるのだった。

「わかった。あいつに頼んでみる」

 私たちは待った。その間に真壁が近くのコンビニで買ってきてくれたモナ王を二人で分け合った。ひとつだったモナ王はちょうど半分のところで袂を別つと中から少し黄味がかった白い顔を見せて私たちを誘惑した。春に合わせて下ろした黄緑のカーディガンを脱ぎ捨てて剥き出しになった私の二の腕あたりにカメムシが張り付いた。

「うわ!くっせ!う、うわー!キミカくっせ!」

「ちょ!取って!勇者!勇者とれよ!」

「鎮まれ!」

 私たちがカメムシで騒いでいる最中に喜多森市子は登場した。

 「ちゃあ。琴美もキミちゃんも久しぶり」

 そう言ったのは市子の兄、玲司である。

「で、こやつがでんせつの剣とな。なるほど、面白い!兄者、やっちゃってくれ!」

 市子の号令に従って玲司はでんせつの剣のグリップ部分を両手で握り締めて、引力に逆らう形で全ての力を解放した。玲司の整った顔立ちがピカソ分析的キュビスム時代の如く分解され始めるも、でんせつの剣はピクリともしなかった。

「無理や」

「男手でもダメか……」

「出席番号五番!喜多森市子、いい案がありまあす!」

「よし、喜多森言ってみろ」

「とりあえずスーパー銭湯で汗流そうぜ!」

 市子のサム(親指)の先に「ほのぼのの湯」という大きな看板が見えた。

 

 私たちが風呂から上がると玲司はマッサージチェアーに揉まれながら漫画『孔雀王』に読み耽っていた。

「お、女湯はいい塩梅でしたか?おっせえから八百円も使っちまったや」

 十分百円のマッサージチェアーの表示に私たちは一時間以上も風呂に浸かっていたのかと自覚した。

「真壁、もういいよね?」

「何が?」

「でんせつの剣」

「うん……もういいかな」

 

 これがあと十年してアラサーになった私たちはでんせつの剣について語り合うのだろうか。なんだったんだろうね?かたかったねー、とか何とか言ってる私たちの誰かは結婚しちゃったりして子供までいたりしちゃうんだろうか。何もわからないけれど私たちは今この十代を生きていて、その先を想像してみたりする。いつかは過去になるその全ての中にでんせつの剣を引き抜こうとした今日が刻まれていた。

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