モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

反比例

 三歳だった。驚くことに三歳だった。私は保育園の園児で今とは別の生き物のようだった。

 園には畑があった。保育士のおばさん達が面倒をみていた。特に主任のN先生は日課として手入れをしていたように記憶する。

 それもこれも園児に芋を掘らせるためである。さつまいもを植えた畑で自ら収穫するという体験を与えるためである。私は残念ながら一度もその体験に臨まなかった。なぜなら生まれついての乾燥肌で手のひらは老人のように皺くちゃで潤いもなくすぐにひびが入った。何もしないのに傷が浮かび血の赤色が見える自分はそれが当たり前だと思うようになっていた。だから芋を掘ることで傷口に菌が入ることなど恐れたりはしなかった。大人が止めた。当時は理由も知らされず私は芋を掘ってはいけないのだと言われた。どれほどぼろぼろで痛みの走る手より仲間はずれのような自分のあり方が悲しく感じられていたように思う。

 私はその年も傍観者だった。他の園児が土を掘って芋を探り当てるのを路肩に座らされて眺めていたのだ。横に園で一番若い先生が座った。ずっと隣にいてまつぼっくりやらどんぐりを広げてどんぐりの皮を剥き始める。私は先生が何をしようとしているのかわからず、ゆえに興味を奪われた。はい、と渡されたどんぐりの実は茶色した皮と違って黄味がかった白だった。私はそれを口に放り込む。噛もうとする前に頬を掴まれ吐き出させられた。仄かに苦味を纏う口の中から溢れた分だけ唾を吐く。先生はそれほど叱らなかった。自分が手渡した手前か、それとも特別待遇を哀れまれたのか、ともかく叱られないことには寂しさがあった。何のために口にどんぐりを入れたのかはたぶん今も分からずじまいだろう。

 私は畑に目をやった。年長クラスの女児、名前は忘れてしまった、その子が泣いている。何事かと保育士のおばさん達が駆け寄る。私には横に見張りがいて「見てきてもいい?」かと尋ねたが見張りは首を横に振った。だから私は少し向こうから聞こえる声を頼りに推理した。動物が死んだのだ。もぐら。もぐらが地中から顔を出したところを女児に踏まれて首を折ったことがわかった。なんという確率か。私にはそれが驚かれた。私は主任先生が掬いあげたもぐらの死骸を見た。この目で見たはじめてのもぐらはとても静かで息をしなかった。よくわからない黒い毛の塊。なんの感動も持たなかった。それより私の気がかりは女児が泣き止まぬことだった。なぜ泣いているのか私にはわからなかった。もぐらの死が恐怖だったのか。生きているものが死ぬことを知るにはうってつけの日だ。それとも罪悪感か。不可抗力だろうけれど自らがその立場に立たされて忌まわしいからか。芋を掘ることから得る予定された体験の範囲を超えたもぐらの死が齎すものはじつに不可解である。当時の私がここまでの思慮を持ったわけではない。その当時の違和感としてだけ記憶される女児の涙や泣き声を今の私が思い出して想像しているにすぎない。

 きっと紐解きたいわけではないのだ。私は幼心に覚えたあの現実離れした空気に今も酔っているのだろう。大人になるほどに身の振り幅は狭まる。それを大人になるとするのかもしれない。記憶の中にあるもぐらの死と、それに連なるあの日の風景は当時の私の窮屈さに反比例していまだ自由を与えようとする。

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