おきあみ文庫

返却期限を過ぎました。

メサイアコンプレックス②

 使い尽くされて擦り切れた青春というやつを僕は真っ当に生きたいんだと言っていた彼は私たちの仲間内で誰よりも早くこの世を去ってしまう。早くも彼の三回忌が明日、私たちが過ごした町の片隅で行われようとしていた。

「あ、雪ち! ひっさひっさ」

「かの、久しぶり」

「元気しとった?」

「うん、ありがとね。迎えにきてくれて」

「いいんよ。どうせ暇だし田舎だし。あいつんには悪いけどあたし今日雪ちに会うの楽しみやったんよ」

「うん。私もな……もう二年経つんね。早いね」

「まあ、二年で楽しみとか言っちゃうあたしどうなんやろ」

「かのはそんでいいんとちゃう? 明るいのがかのじゃん」

「今」

「ん?」

「じゃん、ていうたね」

「なに?」

「じゃん」

「なによー!」

「じゃん、ぷっ、うははは!」

「もう! かの!」

 相変わらずだ。なにも変わらない。私は昔からよくからかわれ、かのは突き抜けて明るい。彼が亡くなった日もかのは気丈だった。耐えてる、それが余計に私たちを悲しくさせたけれど、それでもかのはそうせずにはいられない人で他のみんなもそれを承知で泣いていた。

「雪ち、さっき寒田からも連絡あってん。もうちょい待ってよか。たぶんすぐ来る」

「うん」

 寒田くんが合流したのは十五分後だった。かのは寒田くんを待つ間すっかり冷えた身体に腹を立てて「おい! 寒田! 寒いんは名前だけにしとけよ!」とわりかし酷いことを言う。寒田くんは一言「やかましわ」と言う。見慣れたやりとりだ。

「あと来てないんわ……ペガサスだけか」

寒田くんが言ったペガサスでいつも笑っちゃう。ペガサスこと中垣内幹哉くん。動物占いがペガサスの人なんてたぶん沢山いるんだけど、かくいうわたしもペガサスなんですが、あだ名がペガサスになっちゃったちょっと可哀想な人。本人は私たちと出会って十九で町を出るまでの六年間、寒田くんやかのからペガサスと呼ばれ続けて当たり前のように返事してたけど私はやっぱり笑っちゃって幹哉くんって呼んでしまう。彼も幹哉って呼んでた。幹哉くんはどっちでも気にしてなかったと思うけど。

「ペガサスは来んよ。仕事忙しいんやて」

「は? 仕事? 明日がなんの日か分かってそんなこと言うとるんか!」

「仕方ないよ。もうみんな社会人やし。あたしらは家近いからええけど。ペガサスはロシアで油田掘っとんのやから。ハイじゃあお疲れさんで帰って来れんわな」

「そう言うけどな」

「仕方ないよ。前は私らもギリギリ学生やったから。今は色々違うよ」

「ペガサスもゴメン言うといてゆうとったから寒田もいつまでも子供みたいにごねんな」

「……やかましわ」

 明日の法要まで私たちは久しぶりに語り合う。そこには幹哉くんや彼も登場する。三人だけど五人という感じがした。きっと一年前も同じ話をした。たぶんこの先も集まったら同じ話をする。私たちはそれをはじめてのように語り続けると思う。笑って笑って思い返して笑って、そして少しずつしんみりする。かのは「やめやめ!」という。寒田くんは「たまにはお前も泣け!」と怒る。幹哉くんはたぶん静かにみんなを眺めてるかな。私は……。五人の私たちは更新されない。彼はどうやっても思い出の登場人物がやっとだ。話すことも触れることも出来ない。それを受け入れるのに時間がかかった。ファンタジーなんて幹哉くんのあだ名以外には私たちの中になかった。現実があまりに現実過ぎるとそのファンタジーってやつと同じくらい信じられない。二年前の明日。

 寒田くんは駅に近いビジネスホテルに部屋をとったらしくて先に帰る。私は少し迷った挙句、かのの実家に泊めてもらうことにする。かののお父さんもお母さんもかのに負けないくらいの明るさで、たぶん地域で一番電気代が安く済む家庭だなんて自分達で言っちゃうところがどうしようもなく好き。夜になってもなかなか眠れずかのとしりとりをする。本当は何も考えたくないくらい疲れているのに負けたくないみたいなのが出ちゃう。

「トーテムポール」

「ルールブック」

「クーポンマガジンのホットペッパー

「それあり?」

「雪ち、パ。アでもええで」

リズムが崩されて私は少し悩む。そしてパにする。

「パートタイマー」

かのの返事がない。

「かの? 寝た?……おやすみ」

「マークパンサー」

「何よー!」

「明日はサからな。アでもええで。おやすみ」

 

 私は夢を見た。けれど思い出せない。あれ? 荷物がない。目をこする。地面? 頬の泥をはらう。眼鏡は? ここは…… かの?

 唐突に差し出される手。え? 漂馬くん? 私は手を掴む。冷たい。ゴツゴツしてる。何。靄の向こうが透ける。

「きゃあああああ!」

私の悲鳴で手の主は驚く。私は手を振りほどくとそれはもっと靄の濃いほうへ逃げてしまう。何? たぶん、それは、トカゲ? ワニ? みたいな顔をしてた。

 わからないわからないわからないわからない。かの! どこ!?

 ワニみたいなのが逃げた向こうからまた人影。だんだんハッキリする。女の子? 白い髪。おばあちゃん?

「誰? ですか?」

「雪緒真依さん」

「私じゃなくて! え、なんで……」

 彼女はそのあと私に挨拶して糸子と名乗った。