おきあみ文庫

返却期限を過ぎました。

心にはめたサイコガン

「あの……どうでしょうか?」

「読ませていただきました。結論から申し上げます。ボツです」

「ナアアアアンデルセン!!? ナカタニテメコラわしがDonな想いでコイツ描き上げたおもとんねん!?」

「ナカヤです。中に谷でナカヤと読む。いいですか先生? あなたは売れっ子漫画家です。あなたは爆発的なヒットを飛ばし今や押しも押されもせぬ不動の地位を築いたんです。クソどベタ恋愛モノ少女マンガでね。先生のペンネーム、美樹芭蕉可憐子(みずばしょう かれんこ)は最早現代少女のアイコンでありその読者たるはステイタスなんです! それがなんです!? この新たに連載される待望の新作の一コマ目から雌ゴブリンとバウンティハンターのハードSEX! 何言わせてんだテメェ!」

「ナカタニ。あんたは私の担当としてよくやってくれてるよ。そんなあんたを信頼してスイスばりの中立性で意見してくれと言ったのは私だ。だが撤回する! 圧倒的撤回! 圧倒的撤回である! 百本近くのAVを鑑賞し、えっちい店のおねいさんたちに取材をかけ、学園系恋愛SMGで裏ルートの森奥深くで暮らす厳ついけれど肩に小鳥がとまる心優しい巨人を徹夜で攻略し、疲労と感動の狭間で涙を拭い、ヨダレも拭い、拭いてぬぐいてぬぐきまくって描き上げたこの雌ゴブリン恍惚の表情を真っ先に否定しおってから! 貴様! その血はドブ色か!?」

「ドブ川に飛び込む入水志願者を止めようとしてるんですよ。そして私はナ、カ、ヤだ! 先生。先ほども申し上げましたがあなたには少女の夢を守る使命がある。これは義務だ! あんたのメシダネはなんです? そう女漫です! 」

「おい! 言い方! メスガキの理想を食いモンにしてるみたいなのヤメろ!」

「言い方お前な! だいたい事実に相違ないでしょ。いいから描き直してください。全部」

「ナカタニ、私はねもう偽りたくないんだ。地方の暴走族みたいなダサい筆名も、毎度毎度魂をゲロまみれにしながら描いてた作品も、私は偽り続けてきたんだ自分というやつをね。今の私はこの世界に入るキッカケだった寺沢武一の彼岸に居る。ナカタニ、どうだ? 私にエロバイオレンスSFを描かせちゃあくれねいか?」

「ダメです。それと設定はこうしましょう。主人公・春乃ひよりは今日から高校生。鏡を前に気を引き締めると階下から母の声『ひよりー、遅刻するわよ〜』『ヤッバ!』焦って家を飛び出すひより。パンをくわえたまま曲がり角をまが」

「まてまてまてまて! なんやそのこすり倒されまくってオーパーツ化したオールドファッション!? だいたい何を勝手に話すすめとんねん! ならお前が描け! でいっぺん頭を打て!」

「先生が売れたのはこうゆうどベタ展開です。あるある(実際はない)というステレオタイプの少女像が少し可笑しくってなんかいいみたいな感情を鷲掴んだからです! 何がエロバイオハザードだ! いいから貴様は黙ってキラキラハートプリンプリンキュートきらめく青春エンジョイラブユーオンリーを永遠にやれ!」

「よーし怒ったぞープリプリ! そーんな君にはえーい! くぉらぁああああ!」

「よせ! はやまるな! ペンは凶器じゃないでしょ! 先生! 可憐子!」

「どうせ世が哀しみしか生まぬなら、私は貴様と刺し違えてでもこの世を終わらせることにしました。いいですかナカタニ。私はね……くやぢぃ、悔じぃぃんだよおおお!」

「……もう。泣かないでくださいよ。わかりました。仕方ないですねまったく。じゃあこれでいきましょう」

「え? ナカタニ? マジで言ってんのか?」

「ナカヤだぞ♪  まったく……私もなんだかんだで甘いな……」

「わーい! やったやった! 大好きだぞナカタニ! あははは! あははは!」

「あははは! あははは!」

 

 新たに始まった美樹芭蕉可憐子の新作は大コケした。盲信的だった彼女のファンたちも次々とそのもとを離れ、押しに押されて連載誌から居場所がなくなる。過去作品ですら捨てられるか大手古本買取店でも在庫過多で値がつかないただの柄付き紙束と化す。

 寺沢武一に憧れて漫画家になった彼女は生涯漫画家であり続けた。最後の作品は桃太郎のパクりだったが誰も見向きすらせずとくに批判も起きなかった。

「もしもし。ご無沙汰してます。届きましたよ。何ですかアレ? やりたい放題じゃないですか。なぜ犬、猿ときて最後がクリスタルボーイなんですか。怒られますよ。……アレ自費出版ですよね? ホント莫迦ですよ先生は。どうして……そんないつも元気なんですか…… …… ……すみません。いえ、大丈夫です。え、いや一緒に仕事はしたくないですね。二度と御免です。はい、はい、ええ、じゃあまた」