アントーニオの肉一ポンド

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魔族の人生観

愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ。

(E.フロム「愛するということ」)

 

「これがシャトーブリアン

シャトーブリアン……」

「んで、こっちが京極夏彦

シャトーブリアン

「ちがうよ! 分厚さは似てるけどこれは京極夏彦なの!」

「怒んないで! 怒んないでよ!」

「ごめん……由梨愛。あたし……急ぎすぎちゃったね」

「ううん、こっちこそ。いつも付き合ってくれてるのにごめんなさい」

「そんなのいいんだよ由梨愛。あたしはあんたの記憶が戻るんならなんだってする」

「うん、ありがとう」

「じゃあもっかいね。これがシャトーブリアン

「うん、シャトーブリアン

「じゃあこっちは?」

「シャッ……う極夏彦!」

「惜しい! でもいっぽ前進じゃん! 凄いよ由梨愛!」

「すごいのかな? えへへ」

「あたしさ、由梨愛が記憶なくしちゃう前に酷いことしちゃったの覚えてる? 覚えてないよね。記憶喪失なんだもんね。記憶喪失ってそういうもんなんだよね。そういうもんなんだよね。今さら遅いかもだけど……あの時はごめん!」

「……一方的に謝らないで。わかんないよ私。美咲ちゃんのことも忘れちゃってるんだもん。酷いのはこっちだよ」

「あたし、あんたから借りてたダイの大冒険ダイの大冒険借りてたんだけどね。あんた面白いから読んでって全巻一気に貸してくれて。であたし読んだやつから先に返してたんだけど、ロンベルクだっけ? あれに剣作ってもらった巻から先ブックオフに売っちゃったんだよね。んでまだ読んでないからって嘘ついて先延ばし先延ばししてたけどバレそうになったときに由梨愛、記憶なくしちゃったんだ……ホッッントにごめん!」

「魔族の人生は密度が薄い」

「え?」

「人間の何倍も生きれるからダラダラ生きる奴が多い」

「どうしちゃったの由梨愛?」

「何百年生きたってカラッポの人生もある……」

「由梨愛!?」

「私はあのロンの台詞が実にメタ的で違和感を覚えるの。だってそうでしょ? 魔族の寿命は魔族の感覚によって寿命なわけじゃん? つまり人間との比較で自分達が人間より生きれるって知ったからなんだっての!? そうだからって魔族は魔族の生涯を送ってるんじゃん! 寿命が長い生き物はそのぶん暇こいてることになるの!? 私は違うと思う! 魔族が例えば愛する人、人じゃねえわ! 愛する魔族に出会って一緒になったらその長い生涯をかけてその愛する魔族と愛しあえるじゃん! それのどこがカラッポなの!? たしかにそうじゃない可能性だってあるわよ! だけど全部が全部みたいな主語の大きな言い回しで魔族を断じるべきじゃないと思わない!?

ロンは間違ってる。人間側が差別的に魔族を論じる方がまだ筋が通るよ……どうして私の人生バグっちゃったんだろ……」

「由梨愛? え、由梨愛さん? あんた今すごい記憶解放したじゃん! したじゃんねえ!? 記憶の解放どころか評論ばりばり加えてんじゃん! え、戻った? もしかして戻ったの記憶!?」

「わからない……わからないよ。でもこれを言わなきゃって思ったの。だから美咲ちゃんが16巻以降をブックオフに売っちゃったことよりもロンのあの台詞が私の中に引っかかった。引っかかってた」

「え、や、あの、16巻……えっと」

ダイの大冒険については内側から湧く感情がある。だから記憶を失う前の私なら美咲ちゃんを殺していたかもしれない……おかしいよねただの漫画なのに!」

「…… ……」