おきあみ文庫

返却期限を過ぎました。

手に負えなさ

 それは何でもいいのだけど、たとえばレコード屋に入った時、誰かの思い出があり、誰かの宝物があり、誰かの探し物があると思う。それを他の誰かは知らなくて、レコードは商品として並べられているに過ぎない。そこへ音楽をかじり始めたばかりの少年少女が現れる。彼らはそこにぼんやりとした輝きを感じるが右も左もわからない。自分の中になかったものを開拓する時のあの手に負えなさはその瞬間にしかない。やがて自分の中にもそのジャンルにおいて良し悪し、と言うよりは好みが立ち現れる。そうなってみると以前よりははっきりとした目的が生まれ探索は幾分か楽になるだろう。

 ここに右も左もわからない頃に手に取った一冊の本がある。あえて名は挙げないでおこう。今読み返してみると全く好みではない。この作者の作品を以来手にしないところからもやはり好みではなかったとうかがえる。ただこの一冊に限っては特別な属性が付いている。それは今や好みを基準に選定した上で手に取った、この一冊以上に自分が評価する作品にさえ宿らない特別な属性が。

 それは純粋な好奇心である。かつての自分は自分の好みすらわかっていなくともそれを手に取ることが出来たのだ。少なくともその当時なりに自分の好みを用いて選んだという見方もできるが、文芸という大きな枠組みにおいて無知でしかない自分が好みも何もないただ読者してみようという衝動的な直観だけでそれを選んだとも言えるのではないか。情報の発達の中でまったくもって風評に左右されず何かを選別するのは困難だが、この頃にはそれが困難かどうかさえ分かりかねる愚直さがあったはずなのだ。それこそ形にこだわったに過ぎないがまったくもって好みでないこの本をいまだに手放さないのはそこを引き摺ってしまうからだろう。何かまだ意味が与えられているような気もするのだ。

 もっと細分化すればこのような心地は何度でもやってくる。運が良ければ束の間の手に負えなさは時として一生の友に出会う可能性を秘めている。