アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

ウエルベック「闘争領域の拡大」

 

 

 

闘争領域の拡大

闘争領域の拡大

 

 


知らん間に文庫化されていたので、これでわけのわからない価格高騰にピリオドが打たれるのではないかと思う。それに際してかどうかはともかく再読してみたのだがまあやっぱりひどい話だと思う。

 闘争領域、つまりは恋愛という戦場におけるモテVS非モテの対立構造を描くと見せかけた敗残者たちの物語。

 主人公はエンジニアの男。彼は俯瞰する。醜男に生まれついた人生の敗北者ティスランを。ティスランは闘争する。恋愛という舞台に登ることが出来ない焦燥感はかえって彼を勝利させない。何をやっても駄目な彼は自分と比べてあきらかに格下である。その優越感はいつしか主人公の存在意義にも思われてくる。まるで自分が何か勝利しているように思われるのはティスランという点がそこに染み付いているからだ。主人公はティスランに最終手段として一握の狂気を与える。ティスランはそれを手に勝利を求めて最後の闘争へと踏み切るもここでティスラン自身の本質が暴かれることとなる。ティスランはどこかでもはや自分に勝利のふた文字がないことを知り闘争領域からさえ身を引くに至る。

 物語はそれをキッカケに牙を剥き始める。染みが消え去って真っさらになった存在意義は無に等しい。主人公は自ずと自分がどちら側だったかを知らされる。格下を相手に酔いしれたツケが回り始めるのだ。ならば自分は果たして狂気によって自身を昇華できるのだろうか。焦燥は譲渡された。

 こと資本主義社会では競争は付いて回り勝利のために努力が要求される。これを怠り立ち位置に甘んじては上昇はない。それが幸せならば問題はない。ならば何故そこに焦燥が生まれるのか。試される大地。fin……

 とまあ身をつまされる思いならば抉られることは覚悟の上だがこのようなヒューマニズムを考えるのはどこか愉しさを覚える。せっかく文庫化したのだし機会あらば一度ここからウエルベックに踏み入ってみてもよいのではと私は思います。

 

 完全に自由な経済システムになると、何割かの人間は大きな富を蓄積し、何割かの人間は失業と貧困から抜け出せない。完全に自由なセックスシステムになると、何割かの人間は変化に富んだ刺激的な性生活を送り、何割かの人間はマスターベーションと孤独だけの毎日を送る。経済の自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に向けて拡大している。セックスの自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に向けて拡大している。