おきあみ文庫

返却期限を過ぎました。

荒野の預金

 財布からはみ出した二億円の一部。見せつけるようにして引き摺りながら運ぶ。微風が髪を撫でる時、はみ出た紙幣がそれに舞ってしまわないかを気にかけて目を遣る。凄まじいバランスで財布に挟み込まれているため端をひらひらさせるに留まっている。

 恐れるべきは風よりも群衆だろう。彼らはどんなに頭が悪くともその偉大さを知っている。文明ある限り価値を教育されて育つのだ。そして価値だけは知り、手に入れる術は覚えない。そこは本能の赴くまま奪い取ろうとするのだ。最高に贅沢なチラリズムに野盗の類が集まり始める。さあ、どうする。両手は財布を引きずるために。両足は歩が進むのをやめないために。敵意オブワンフォーオールオールフォーワン。

 いきなり銃だった。かつては十代だった。しかし酸い甘い苦い汚い血生臭いを知った今、真っ先に脅威を優先して排除することは体が覚えていた。彼女は財布を銃に目掛けて投げる。愚かな盗賊達はそれにフリーハグしたいという気にかられもうそれ以外目に入らない。身軽になった彼女は投げた財布に向かって走り出す。銃が財布をキャッチする。つまり手持ちの銃を落っことす。それが狙いだ。彼女は財布に飛びかかり、重みを支えきれない銃だった銃でないそれは昏倒した。続いて降りかかる災難は三つの刃だ。無粋な彼らは背後を狙う。彼女は足音を聞き逃さない。そして敗者の銃も見逃さない。振り返りざまに三発。さよならセイバーズ。残った外野から意欲がエクトプラズム。彼らは肩を落とし財布が自分達のものではないことを悟る。いい講義と相成る。お金は働いて稼ぎましょう。法に則って。

 ここで二つのわかれ道。降りかかる火の粉をはらったまでとはいえ四人死んだ。ポリスが黙っていようか? 正当防衛か、過剰防衛か。けたたましいサイレンの音は彼女をウンザリさせる。車から降りた制服達は手にスタン棒。話だけは聞いてやる。お互いそのつもりだった。間も無くして格闘王がゴングを鳴らす。先ほどの輩とは違い智慧者の制服には命を賭して挑まねばならない。生憎彼らは金よりも彼女の罪に興味がある。考えうる限り安全な場所。その辺にいた子供に財布を持たせて彼女は風になる。枷さえなくば敵もなし。瞬く間に制服が積み上がっては罪重なる。応援が来る前に動かねばと預けた財布に目をやるが見当たらない。パワフルなガキだと彼女は思う。二億円を引きずるには財布と同じ体格の子供には至難の技だった。坊やはそこで知恵を出す。無免許だったが父親を真似てキーを捻ったらそれは動いた。野次馬から奪ったタクシーバイクとよくわからないが貰った金でハッピーフューチャー。気分はワルツを踊った。少年の夢が彼方に馳せるも束の間、謎の重みでスピードが緩まる。バイクを覆うカバーの上に財布の持ち主がいてニヤニヤ笑っていた。小便を垂れ流しならブレーキを踏み込むと女は前方に吹き飛んだ。砂地に引き摺られて外殻はボロボロになっていたが中身が無事なことを確認すると少年は車体を切り替えしてキーを回し直す。しかし先ほどと違ってエンジンがうまくかからない。まずい、まずいまずいまずい。吹き飛んだ女が吹き飛んだはずのところにいない。慌ててキーを回し続ける右手に柔らかい感触の別の手が添えられた。少年は直ちにウンコも漏らす。退け、そう聞こえた時には少年の夢は果て、後は糞尿まみれの下着だけが存在感だった。

 彼女は間接的に盗んだバイクで走り出す。後方に鎖で繋ぎ止めた財布を気にしながら。口座にさえ入れてしまえばひと時は安堵できる。銀行は間近だ。

 最後の敵は財布本来の落し主。東の国ではオニと呼ばれるイリーガル組織だ。彼らは価値も知らずに宝物庫にヒカリモノをしまい込む習性がある。有効活用のために彼女はオニを何匹か痛い目に合わせて一部を奪い取ったのだ。報復のためオニは黒塗りのセダンでわざわざ彼女を追ってきた。黄砂渦巻く西部の土地でそれはすっかり黄色めき、砂埃が走っているようだった。ボンネットに据え付けたメガホンから怒号が響く。彼女は耳栓を調達すべきだったと後悔した。そしてパイナップルのヘタを引っこ抜いて後方に捨てた。オニ達はそれが砂煙でよく見えない。鼓膜が振動する。やはり耳栓は必須だ。彼女はジンジンする耳鳴りにゲンナリしながら銀行へと向かった。

「お客様。こちらは偽札です」

 セキュリティの警報音が鳴り響き彼女をマシンガンが取り巻いた。全く骨折り損である。しかしこの世は飽きさせない。彼女はニカっと笑うとヘソのあたりの栓を抜く。空気の漏れる音とともにガスが噴出。銀行内は昏睡した。しばらくしてガスマスクが現れどデカイ金庫の分厚い扉を焼き切った。次は本物だ。彼女は空になった財布に入るだけ紙幣を詰め込んで、スペアと油性マジックで書かれた萎んだ自分を拾い上げて堂々と銀行を後にした。

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