アントーニオの肉一ポンド

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灰中つきみ「月染めのマリートヴァ」

 まず思ったのは「マリートヴァとは?」ということでした。読むにしたがって登場人物の名前であることはわかりました。しかしマリートヴァという名前がポンと浮かぶなんてとたじろいだ次第ですが、その意味が末尾にて説明されていてなるほどと思ったのでした。言葉を知っていることは良いことだと私は思います。けれどこの「マリートヴァ」という言葉の意味を知らずに読んだという機会が私にはありがたく思われました。

 月が綺麗だという感覚が果たして万人のそれであるのかという問い。例えば今美しいとされている月は何が美しいのでしょうか? 形? 色? それはその人の捉え方に依るところですが、ではその月の美しさがそれとはかけ離れた姿を見せてきたらどうでしょう?

 舞台はイミュータと呼ばれる小惑星。地球が在り方を失った未来の世界では月もまた異形と成り果ててしまったと作中で語られます。形だけでなく少女を捕食するといった行いがイミュータの人々には恐怖となって植えつけられたのです。

月がなぜそのようなことをしたのか誰にもわからない。

 その中で唯一、帷・マリートヴァだけは他とは違う感情を持っていました。それは愛でした。プラトンが記した『パイドン』の中でソクラテスは視覚こそが人間の持つ最も鋭い知覚なのだと言い、またこの視覚によっても「思慮」ばかりは知覚出来ず、仮に思慮が視覚に訴えかけるくらいの鮮明な映像として形を成していたら恐ろしいほどに恋心を掻き立てられただろうとも言っています。果たして帷自身が異形とされる月の何に魅せられたかは想像を超えることが出来ませんが、物語後半で帷が月に対して「知っているんだ」と月の行いに言及する場面があることから、私は帷がまさにこの思慮というものを見ていたのではないかと思いました。誰よりも深く月を理解し、誰もが恐れた月を愛した帷(この異質さは前半での幼馴染の少女達と対比されるような描かれ方で仄かに説明されている)に呼応するように月はかつての在り方を思い出していきます。月もまた美に執着したひとつであり、互いに求めていたものを得ることで完成美に到達する。そしてイミュータの人々もまた月の美しさを思い出す。これは万人から「美」を救済するための「祈り」の物語なのでした。