アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

灰中つきみ「砂漠に咲く禽」

 もう完全に灰中つきみフォロワーの私で、灰中つきみカテゴリーを作ってしまおうかという具合です。筆名に滲む終末感、そしてそれを体現する文章の調子が夜中読むに丁度良い心地を齎してくれます。

 さて新作が上がったので早速読みました。題は砂漠に咲く禽。

 ここでは鳥が孵化ではなく植物的に発生します。そうやって芽吹いた鳥は鳥に非ず、鳴くことも羽ばたきもしません。ゆえに禽の字が充てられているとも思えます。林檎という字面に鳥が含まれるように。

 咲いた禽には「浄化」とされる作業にて、羽にまとわりついた、その原生地である砂漠の砂を丁寧に取り除く文化があるようです。その役目を負った者がこの物語の語り手。浄化の意味は弔いであると語り手は言います。では何に対する弔いか? というのがキーポイントとなります。

 何故、禽は砂漠に咲くのか? 何故弔いといって浄化されるのか? すべてはあるものの終わりに従って連なります。語り手はただそのためにここで生き、何処かでそれを憂いている。自らを諦観者としながら生への期待を捨て去れない。語り手の心情と天空、また花としてある禽によって牧歌的な風景の中の静かな生命の連環を描いているのでした。