アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

故郷

 夫は宇宙人。私たちが住む地球も宇宙の一部とするなら私たちも宇宙人だからと両親に啖呵を切って結婚した。実家には帰ってない。年の節目に会うこともなく絶縁状態だ。夫は都度都度「ごめんね」と言った。私はたんびに謝ることなんか何もないと言った。見た目は私と変わらない。目があって口があって鼻があった。手足も五本指。黙っていれば地球人。ただどこかで不意に「滅亡」とか「絶滅」とかいったワードを目にしたり聞いたりすると悲しい顔をした。私はそんな時なんて言っていいのかわからないのでとりあえず夫が好きなミロを入れてあげた。「ありがとう」そうやって気を持ち直すまでがパターンだった。

 夫は私に故郷を見せたがっていた。それがもうどこにもないことを知りながらそれでも。写真という文化が素晴らしいと言い、自分たちにもそれがあったなら君にも少しは紹介できたのにねと微笑を浮かべた。そんな言い方しないでよ、私は心の中でそう思った。

 夫にカメラを買ってあげた。誕生日とかはよくわからないけれどカメラを買ったその日を彼の誕生日ということに決めた。夫は無邪気な子供のようにいろんなものを撮りまくった。近所だけでは収拾つかず、二人でいろんなところに出向いては夫はこれでもかと現地でカメラを構えていた。私は少し嫉妬した。馬鹿らしいけれどカメラに嫉妬したのだ。夫の興味はカメラばかりに向いている気がして、私は結局そういうつまらなさを彼にぶつけてしまった。夫はその日からカメラをしまったままにした。そうじゃないと説明したけれどよくわかってもらえなかった。

 その日私が帰宅すると夫はいなかった。何処へ行くとの連絡もなく私はすぐに電話した。電話の音は寝室から鳴った。寝室のベッドの下には水たまりがあって、その中心で彼の携帯が浮いていた。私は壊れてしまうと思ってそれを拾い上げたけれどもうダメだった。夫とはその日を境に会っていない。まさかねとは思ったけれどそれ以上は想像しないことにした。

 久しぶりに実家に帰った。故郷は私が知っていた頃より綺麗に見えた。私は彼にあげたカメラを持って駅前の風景を撮ってみた。メモリーがパンパンで保存出来なかった。そこで初めて彼の撮っていた写真を見ることになった。全部に私が写っていた。撮られていたことなんて全然気づかなかった。ポーズを取ってなんて一度も言われたことがなかったから。私は彼に好きなように撮ってほしかったから記念写真なんて強請ったこともなかった。彼の写真に映った景色は二人で行った地球のどこかなのに全然知らない場所に見えた。彼が見せたがっていた故郷を私はどこかで感じていた。そこには必ず私が映っていた。私はずっと彼の写真を見ていた。目元が熱くなって視界がぼやけても私はずっと彼の生きた星に居たいと思った。