アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

草むしり

 僕等安息もなく悩んでいる意志によって造られた者たちは、残らず同胞なのだ。そのくせ、僕等はお互いにお互いがわからない。

(マン「餓えた人々」)

 

 細長く切った紙。その端に糊を塗って輪を作る。いくつもいくつも。やがて机いっぱいに出来上がった紙の輪をハナは箱にガサッと入れた。そしてまた紙を切り始める。

「そういう内職もあるの?」

 夫のケヴィンが帰宅してハナに言った。

「おかえりなさい。すぐ夕食の支度をするわ」

 ハナは質問には答えず机の上を片付けた。その日はビーフシチューだった。亡くなった息子の好物だった。明日は丁度彼の命日にあたる。ケヴィンは休みを取っていた。夫婦は息子の命日には互いに休暇を設け、彼の眠る墓に参った後にある場所を訪ねることにしていた。ある場所というのは夫婦が息子と三人で暮らすために購入した家が建つはずだった土地である。そこは今も平地のまま、買い手も付かずに放置されている。毎年夫婦はその土地を綺麗に掃除した。主に雑草を刈る。これは最早彼らの土地ではないし、不動産屋から頼まれたわけでもなく、彼らの勝手な真似だったが何か不利益であるわけではなく年に一度綺麗にするくらいならと見過ごされていた。

 翌朝、ハナとケヴィンは支度を終えてまず墓地へ向かった。枯れた花と新しい白いプラナスを取り替える。あまり献花に相応しい花ではなかったが彼らの住むアパートの近くに咲いていて、息子がよく採っていたものだった。生きていれば今年で成人だった。二人だけになって十四年が流れた。息子が生まれた当時、二十歳だったハナは四十歳になった。夫とは六つ離れていた。止まったままの息子の成長と同じ数。

 彼らはその足で昼食もとらず、件の土地に向かった。車内での会話はない。車の走行音と町から聞こえる音だけが鳴っていた。

 夫婦が目的の場所に辿り着いた時、そこには不動産屋と若い夫婦がいた。妻のほうは赤子を抱えていた。ハナは動揺した。ケヴィンはハナを落ち着かせようと静かに抱きしめて車内で待つように言った。車を降りたケヴィンは不動産屋と若夫婦の元に行った。ハナは車の中から黙ってそれを見ていた。夫は何やら不動産屋と揉めている様子だった。折り合いがついたふうでもなく夫は車に戻るとハンドルを叩いてうな垂れた。

「どうしたの?」

 ハナは恐る恐る聞いた。予想はついていたが確かめずにはいられなかった。外では赤ん坊の泣く声、それをあやす母親。若い父親と不動産屋の担当者は怪訝な表情でこちらを睨み返している。自分達には何の権利もない。ただかつてその土地の所有者だっただけである。それも子供の死を境に手放した。もう自分達のものではない土地を十四年もの間にわたって手入れしてきたことの異常さを思わないではなかった。ただ放置されたまま土地が荒んでしまうことが堪え難かった。そこがいずれ理想郷となるはずの、亡き我が子と唯一魂で通じ合える場所のような気がしていた。それも初めの頃は新たな買い手がつけば諦めるつもりだったのだ。ハナにとっては運が良かったのか悪かったのか、自分達の行いが十年以上見過ごされてきた。それが息子の願いだと信じてしまった。自分達がおかしいのは百も承知で土地を放ったらかしにしていた不動産屋に対して今さら何をという夫の気持ちも痛いほど分かるのだった。何もかもが終わろうとしていた。もうずっと昔に終わっていたのかもしれない。そのことに気づき始めてもケヴィンは車を発進できなかった。