アントーニオの肉一ポンド

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疎通

 麻酔銃。それはヒグマなどに対して用いられるものをトムはキミーの尻に誤射してしまう。生憎キミーは猛獣ではなく、この町に住む大学生の一人でしかなかったためヒグマの倍速で気絶した。ヒグマにとっての麻酔が町の大学生にどのような影響を及ぼすか、そういった臨床試験は行われておらず事態は想定外中の想定外であった。気絶したキミーを前にトムは罪悪と混乱の狭間で気が狂い祖母に習った雨乞いの踊りでキミーの蘇生を試みてしまう。しかしキミーは一向に目覚めず、雨も降らなかった。

 自宅の庭先で恋人に麻酔銃を誤射した男の取るべき行動は一にも二にもレスキューを召喚することだったがトムはひたすらに雨を乞い続けた。それを向かいに住むサミュエルが発見する。サミュエルは初めトムが寝ている女の周りを両手を振りながらぐるぐる回り妙な言語を口走っている姿をサバトだと考えた。それはそれで関わり合いを持ちたくなかったという考えからかサミュエルもまたレスキューに一報を入れるという判断に至らぬまま家の奥に引っ込んでしまったのだった。そうなっては誰がキミーの命を救えたのだろう。まさに絶望的な最中でキミーは何の反論も出来ずただうつ伏せに横たわっていた。トムが雨乞いでキミーを救えないことに気づいた時、地元郵便局員のカイルが配達のためにトムの住む家の前にバイクを停めた。カイルは一瞬トムと目を合わせると全ての事態を理解した。まず警察にレイプ魔の存在を通報した。次に救急を要請し、目の前にいる不審者を取り押さえるべく摑みかかる。トムはカイルに勘違いであることを説明しようとしたがカイルは犯罪者は皆そういうと言ってトムの意見を切り捨てた。二人はお互いの髪を摑んだまま前後左右に移動した。一風変わった社交ダンス。そうこうしているうちに先に救急隊が到着する。二名の隊員のうち一人はキミーに駆け寄って状態を確認する。尻に突き刺さったダーツを確認するとfxxk!! と一言叫んだ。もう一人は中腰で移動を続ける二人の男の間に割って入ろうとして弾き飛ばされた。救急隊員になって十八年、それなりに訓練を積んできたベルナルドだったが中腰の男に突き飛ばされたことは思いの外、彼にショックを与えた。次いで警察が到着すると彼らは銃口で全てを黙らせようとした。いつだってそうしてきたのだ。どれだけ正義だ! 善行だ! と綺麗事を並べ立てようともそれらは圧倒的な暴力によって形成されたものであることを彼らは知っていた。金属製の筒の先っちょはそれだけで恐怖を与える便利グッズというわけだった。しかしその効果は一定量の常識と人間の本能に支えられていた。中腰で髪を引っ張り合う二人の男はもはや人間のそれをスポイルした動物、或いは外宇宙からの来訪者であり、銃社会というものに何ら興味を示さなかったのである。

 キミーはおそらく助かるだろう。救急隊員のベルナルドではない方が適切に対応したから。警官は自らの内側より込み上げる不安を払拭したいと思った。サミュエルがベーコンをカリカリに焼き上げた時、いつも静かな町の片隅でパァアン!! と空気の割れる音がした。