アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

フルーツパーラー

 山の方へ男達が列をなして登っていく。なんでも竜が出たとの噂でそれを退治しにいくのだとか。ここのところずっと見かける。私は本当に竜が出たのならやはり身の危険を感じるからかさっさと退治してほしいとは思う。けれどあの男達が肩にかけた猟銃で果たして竜を相手に事足りるのだろうか? 熊狩りや猪狩りのそれと変わらぬ出で立ちに一抹の不安を抱いた。

 私は男達が山に入る頃、駅の近くの交差路の西角にあるフルーツパーラーへ来ていた。私はそこのレモンケーキが好きだ。幼い頃父に連れられて初めて食べたそれは酸味の効いた爽やかな風味のクリームと甘いスポンジ生地が口の中に入れるとほどよく混ざり合って私が求めている甘さになった。自分でも真似してみようと思うのだがこれがどうも上手くいかず、私はすっかりこの店の常連だった。

 友達のミリサとともにケーキをつつきながら話題は竜退治に移っていった。

「そもそも誰が言い出したの?」

コルテオさんよ。あの人カタブツで通ってるでしょ。だから余計に嘘つくはずないって皆んな信じちゃって。でも見間違いってこともあると私は思う。実際は古木か何かがそう見えたんじゃない?」

「ミリサは竜を信じない?」

「そりゃだってあんなの空想の生き物で今まで考えてたじゃん。私たちがまだ言葉を覚えたてのチビならまだしももう学生だよ? 簡単に信じられないでしょフツウ」

「でも皆んなは躍起になってる。私だってミリサの考えてることに近いけど……でもいたらやだなって」

「必死になってるのは町興しを期待してる役場の連中だけよ。毎日山になんか登っていい加減気づかないかしらね。呆れる」

「もし竜がいたら私たちは食べられちゃったりするのかな?」

 ミリサは大笑いした。

「ナシャは変なこと言うよね。じゃあこのケーキもそう思ってビクビクしてんじゃん?」

「もう! 私は真剣だよ!」

「ごめんごめん。でもさ、そういうことだよ。ナシャはレモンクリームが怯えないって思ってる。私は竜を見たことないから信じない。これって一緒でしょ」

「そう、かな」

「仮に竜がいたら私は諦めるよ。噛みつかれようが焼かれようがたちうち出来ないもん。ある意味この若さのまま永遠ってのもロマンあるし」

「山に登った人たち、あんなのじゃたぶん竜の相手なんて出来ないよね。だから竜がいたら怒らせちゃうだけだと思う。そしたら竜が町まで下りてきて」

「はいはいそこまで。ケーキが不味くなるって。食べよ?」

「うん」

 その時だった。聞いたこともない高い音が町中に響いて私達がいるフルーツパーラーにも届いた。鼓膜が破れそうでミリサも私も咄嗟に耳を塞いだ。音が止むと二人で顔を見合わせた。店の外を飛び出して山の方を見たのはミリサも同じだった。山は赤く染まって黒い煙が立ち昇っていた。するとまた空気をそのまま切り裂いてしまうような高い音が鳴った。竜。私は直感した。と同時に身体中が震えて動けなくなった。助けてミリサ。そう思ってミリサを見ると彼女は泣きじゃくっていた。さっきまでと同じミリサだとは到底思えないくらい動揺していて私の声や想いなどは伝わりそうになかった。ミリサ、逃げよう。それでも私はミリサの腕を無理矢理に引っ張って走り始めた。いったいどこへ逃げるというのだろう。ただ私は友達と助かりたかった。もし世界にひとりぼっちならきっと竜なんて怖くなかっただろう。