アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

バーバリアン日和

 私と歌織とサウザーの三人は部活終わりに猪本酒店によってアイスバーを買った。私はイチゴ、歌織がチョコ、サウザーは宇治金だ。持っているだけで簡単に溶ける猛暑の中でサウザーは虚ろな目を宇治金に向け「これはあたしたちの青春」と発言し、私と歌織はサウザーを一瞥すると何も言わずにアイスを舐めながら自転車を押した。サウザーこと南十字登紀子もまたそれ以上は何も言わず自転車を押す。河川敷に差し掛かり黒かりんとうのような照りつきのアマチュアランナーが横を通り過ぎると歌織が我慢ならなかったのか世界の中心で愛を叫んでしまった。

「たあすけてくださーぁああぁい!!」

「うるせええ! 暑苦しい!」

「晴美だって暑いやろ? もうダメだ。家にはたどり着けないよ儂らは」

「私は帰るよ。チャリンコ捨てても帰る。サウザーは!?」

「質問の意図がわからない。あたしは帰ってる。これ帰ってるんよね?」

 カフカの小説に『城』ってのがある。私達は読んだことないけどクラス一の読書家でもある上善くるみが読んでいた内容を聞くに「Kという測量士が城にたどり着けないの。で未完なの」私はさっぱりわからないことにはいつも「ふうん」と答えてきた。当時頭の中では蜜柑を浮かべていたが今なら少しわかる気がする。確かにあるはずの自宅は遥か遠くに思われいつまでたってもたどり着けないのではないかという不安。歌織が発狂する猛暑は私やサウザーをも狂わせつつあった。

「晴美、とりあえずどっかで涼もう。もうダメだ」

「イニシャルKはお前だけだろ!」

「は? なんの話? わたしはただ涼もうって」

「二人とも喧嘩はヨセミテ国立公園。とりあえずそこにコンビニが見えるな。入店しよう」

 私も歌織もサウザーに従いコンビニに入った。

「しゃーせー」

 気の抜けた店員の声など気にもとめず私達はクーラーの恵みを全身に浴びた。

「しゃあああ集中力帰って来たあああ! 今なら東大受かる!」

「歌織東大行くんだ」

「行きません」

「トイレ借ります」

「どーぞー」

 サウザーのトイレを待ちながら私と歌織は店内のイートインコーナーでスマホを眺めた。まもなくしてサウザーからメッセージが入る。

「見た?」

「見た」

「さて」

「ああ」

「いよいよ帰れんぞ」

「店員さーん! なんかトイレの鍵ぶっ壊れてるみたいなんすよ!」

「はー」

 いかにも非力な見てくれの店員が力任せに引き戸を引くもビクともしない。

「暑い! 怖い! 小便漏れる!」

「おうおう丁度いいじゃねいか! そこは便所だ!」

「助けて! 助けて!」

 中からサウザーの悲痛な叫びが迸る。私達も開けようと試みるがまったくダメだった。

「あのーすんません。どうしたらいいんかな?」

「「あんたが考えろ!」」

 私と歌織は今日イチのシンクロ率だった。

「とりあえず店長さんとかいないの?」

「店長休みなんすよ。子供を遊園地に連れてくとかで、さっきも万引きされるとこ見たんすけど電話繋がんなくて」

「どうしようもねえな色々。なんか棒あります?」

 店員がうまい棒を持ってきたところで私と歌織はそれぞれバーバリアン一号、二号と化しそのイライラをトイレのドアにぶつけた。それでもドアは開かない。

「叩き壊すしかねえか」

「待ってよ君達。流石に壊すのは」

「だったらサウザーはどうなるんだ!?」

「暑い! 暑い! 漏れた!」

「待ってろサウザー! 今ぶっ壊すから!」

 私と歌織は店内で一番固そうなものを探した。赤い、それは赤い消火器でした。というナレーションとともに消火器が目に飛び込んでくる。

「うおりゃああああ!!」

「ちょ!」

 バチーーン!! という音がなる。ドアは?

「無事すぎる」

 はじき返された消火器はそのまま奇妙な挙動を見せながら猛り狂うようにホワイトブレスを吐き散らかした。

「「「ああああああああああああああああああ!!」」」

「え? 何? え? 暑い! 暑い!」

 歌織はあばれ消火器のチューブ根っこを引っ捕まえて取り押さえたがホワイトブレスはなおも吐き出され店員のヘソ下三寸を貫いた。

「ああああああああ! ヘヴン!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! 止まんないよコレ!」

 惨状だった。商品はお釈迦様。別のお客さんが火事と勘違いして通報したため警察と消防が飛んできた。店長も頭になんかの動物の耳を模した帽子を被ったまま駆けつけた。そして膝を落とした。

「えっと南十字さんだっけ? ちょっと扉から離れててね」

 そう告げると消防隊員のお兄さんがサンダーというやつでトイレの鍵を焼き切った。トイレの中でサウザーはビデを操作しながらその噴水ぶりを静かに眺めていた。

サウザー!」

「ビデというのはねフランス語で子馬さんという意味なんだ。パッパカパー」

「ごめんなサウザー! 待たせてごめん!」

 私達は三人で抱き合う。きっと色々面倒な事後処理が控えている。今は全力で同情を買おう。ニュータイプの疎通力により私達三人はずっとずっと抱き合って泣いていた。