アントーニオの肉一ポンド

返却期限を過ぎました。

飾る花

 部屋に飾る花なんてなんだっていいんじゃないか? 僕は花屋でずっと悩んでいる妻に言った。彼女は「あなたってホントサイボーグ人間」と返す。僕は笑ってしまう。ようやく選び抜かれた白い小さな花弁のその花がなんて名前かは知らないし気にもしなかった僕だ。家に戻って花瓶にそれを移し替える妻。

「花に水をやるでしょ? そういう習慣って気分の浮き沈みが出ちゃうの。余裕がないときは花に対しても疎かになっちゃう。だから私はそういうのに気づくために花を生ける。植物は裏切らないから」

 僕は妻の言葉を何気なく聞いた。そういうものか。妻曰くサイボーグ人間であるところの僕は自分自身にも鈍感で感情の振れ幅は狭いと自分でも思っていた。

 それから数日後、妻は失踪した。理由は見当たらない。鈍感な僕だから彼女の機微に気づけなかったのかな。ともあれ契約要項を読んでもそのような事態に対する文面がなかったので僕はメーカーに問い合わせた。彼らの返事はシステムトラブルの可能性を示唆するものだった。僕は返金対応を承諾し独身に戻った。三年。それはひと時だったかもしれない。ヒューマノイドにサイボーグなんて言われた僕だ。思い出せる想い出がないわけじゃないが案外あっさりと受け入れてしまう。花が枯れていた。枯れた花は僕が気づく前に彼女が取り替えていたから枯れた花を見るとそんな習慣もなかったことになったんだなと思った。

 口座に入金があった。これで妻、だったヒューマノイドとは他人になった。僕の数少ない情動の中で珍しく興味を惹いたもの。それが喋る金属でも他人との共同生活の中で僕は自分自身が変われるのではないかと期待した。そんな期待がどうでもよくなるほどに彼女は僕の妻だった。当たり前になった。こちらが機械だなんて言われて言い返せないくらい彼女はひとりの人間だった。人の感情を相手に商売するならこういうエラーは困りものだと、僕はメーカー担当者にらしくない文句を言った。相手は素っ気なく謝罪するだけだった。その企業はそれから5年ほどして倒産した。彼女がどうなったかは知らないが、ヒューマノイド達を企業自身が面倒を見れないとして行政が代行回収しスクラップ処分するとの報道があった。

 僕は空になった花瓶を見た。今の僕に気分はどうだい? と聞いてくる。夕暮れの中、花屋はまだ開いていた。いらっしゃいませのその声は聞き覚えのあるそれだった。

「君は……」

「? どこかでお会いしましたっけ?」

「いや、知り合いに似てて。ごめんなさい」

「いえいえ。お花、お買い求めですか?」

「適当に見繕ってください。小さな花瓶に挿せるやつ」

「かしこまりました」

 しばらくするとその女性店員は赤い花を持ってきた。

「白、じゃないんですね」

「え? お気に召さないですか」

「そうじゃないけど。ありがとう」

「私が私に買うなら白にしたと思います。でもこれはあなたのための花だから」

「そう。妙なこと言ってすまない。ほんとにありがとう」

「また来てくださいね」

 赤い花を飾った。やっぱり僕には今の気分なんてわからない。こいつをいつ枯らしてしまうか。その時僕は何を思うのか。今は煌めくその花が教えてくれることはない。ただ、綺麗だと思った。