モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

鳴かぬなら(未完成版)

 飛行船の中で村上露電は思わずため息をつく。「亜弓くん。どうしてこう、黒幕を追い詰める瞬間というのは地に足つかぬ高所なのかね?」
亜弓と呼ばれた少年は「先生! 銃!」と叫ぶ。
放たれた銃弾は露電の上衣を穿つ。
「あーあー、生憎チタニウムボディ。だがね! この僕のどエロい一張羅をよくも! というな!」

「先生……もうなんかそのなんやかんや今がチャンス!! やっちゃってくださいぃぃいいい!!」

 亜弓少年の掛け声を皮切りに露電は、普段決して見せることのない、所謂自身の境遇に対する「らしさ」「それっぽさ」を以って銃弾が来た道を引き返し始める。即ち黒幕とかいうのに突進するつもりだった。

 

 遡ること西暦二九九九年。巷はサンゼンネン問題で騒ぎ立つころ。とある地方でロボテク開発事業に従事していた「村上第一技研」がある発表を行った。

 主任研究員であり取締役も兼ねていた村上飄博士は遂に人間のそれと同じように思考し学習するだけでなく、言語を独自で解読し意思をもって使用する人工知能の開発に成功したのだと云った。

 その声明が出されて一週間も経たぬうちにメディアを通じて発表された噂のAIは人間の子供と云って遜色ない姿をしていた。AIは「こんにちは」と丁寧な挨拶をしてみせる。それを見た者の何人かは「人工知能だなんだとほざいて本物の子供を連れ回しているだけだろう」と断じた。それらの疑念に対する村上博士の回答はまたもや物議を醸すこととなる。

 インターネットによって発信された動画は噂のAIがお辞儀するところから始まり、手にした手榴弾のピンを自ら引き抜いてみせた。博士が五秒カウントし終えると辺りは一瞬で爆炎に包まれ画面は橙に染まる。やがて黒煙が晴れると子供は何事もないとでも言うように平然と立っていたのだった。

 この動画をきっかけに報道機関は「神の子」「第二人類の到来」「パイナップル・イリュージョン」などと好き勝手報じていたが、一般企業からの共同開発の申し込みが村上第一技研に殺到する事態に発展し、軍事産業の方面からも声が挙がり始めていた。

 世間が注目する中、村上博士による「凡ゆるビジネスへの参加を拒否する」といった表明を後に村上第一技研は自ら解体され事実上倒産を果たす。所員三名、事務担当一名、村上博士、たった五名と件のAIはまるで夢の中の人物であるが如く行方を眩ますのであった。

 翻弄された人々は予見された様々な「可能性」なるものが一夜にして消失したことに憤り、発展を拒む存在として村上第一技研の面々をこれでもかとバッシングしたのだったが、なにせ当人達がどこにも存在しないため暖簾に腕押し感は否めなかった。

 

 さてそれから数十年がまた経過しただろうか。当時の事件を目の当たりにした勘の良い連中は擬似的とはいえ村上第一技研の技術を再現することに成功した。今や当然のように「人間のようなAI」は社会に溶け込んでおり共存を果たしている。懸念されたAIによる人類の凌駕といった様子は見受けられない。人間にどこまでも近づき、さらにはそれを超えようなどいうAIがたった一機存在した。しかし彼にはそういった意志がなかった。あの日から界隈で囁かれる「オリジナル」と呼ばれた彼は半ば都市伝説として認識されていたが、本人は至って生活というものを謳歌していた。街の一角に探偵事務所を構え、依頼を待ち惚けるでもなく好いた時間に起き、好いた時間に眠った。けれどごく稀に難事件に巻き込まれることもあった。その予兆はいつも彼が持ち込んでくれる。

「せんせーーーい! 大変です」

「亜弓くん。君が騒いでいるときは本当にロクな事がない。静かにしたまえ。それに僕は忙しい。要件があるなら二秒で伝えるか、二年後にしてくれ」

 亜弓は一枚の広告紙を探偵の机の上に叩きつけるのに一秒と少しを要した。条件の範疇である。

「いいかい? 亜弓くん、僕も君のように幼な子だった頃がある。どうだ? 信用にたるか? 今や考える機械は数あれど、その中で姿形から人間の如く成長する奴なんて二人といない。僕だけだ。何故だか君には分かるか?」

「わかりません」

「君は本当に思考しないな! 面倒だからだ! わざわざ自分の年齢に併せて年相応に姿形を自らチューンアップするなんて面倒だからだよ! 初めから戦力になる姿であればいいなんて考えれば分かる事だ。だが僕はそうしなかった! さて何故だか分かるか!?」

「わかりません」

「まったく君って奴は! まったく君って奴はさ! いいかい? 僕はAIだ。なんだかんだ云って人間じゃない。だから僕は知りたかった。人間はなぜ人間であったのか? そして僕はどうしてそんなものを目指さねばならなかったのか? 答えを掴みかけた瞬間があったんだ。面倒なことを続けることで見えてくるものもある。しかし。しかしだ! まったく君って奴は! いとも簡単に僕の予測を超えてくる。そしてこうだ! せんせ〜〜い!たいへんですう……さ、分かったろ? 出ていってくれ」

「これを見てください!」

 探偵は憂鬱だった。どうして自分はあの時こんな小僧を助けようと思ったのだろう。ましてや助手として手元に招き入れたのだろうかと。ただ一つ探偵村上露電を納得させる理由があるとすればそれは「面白そうだ」という予感。AIだ人間だの垣根を抜きにした個に対する興味。ただ今のところそれを露電はバグだと考えていた。人間の言葉で云う気の迷いだと。

蜚語蛙鳴館 -天國の前庭 異聞 - 其の四

 ただ目の前を描写する。ここは告解の間で、格子の向こうに男が倒れている。それが男であると認識できるのは、先ほどまで話していた声と内容からである。しかし男はもう何一つ言葉を発しない。微かに煙がたつ。私が咥えていた、今は床に落ちた煙草の煙ではない。その煙は私の右手から登った。鉄砲の先の穴から登っていたのだ。私は神父でありながらそのようなものを懐にしまっていた。いつ何時身の危険に晒されるやと思えば何よりの護符であった。そして私は身の危険を感じた。男の話にのめり込み、やがて語られる「蛙鳴館」という言葉。そして男がこの告解部屋に至るまでの顛末を私は聞くべきではなかったのだ。そうであったことを予見できなかった私はいまや人殺しに身をやつした。男を生かしておくことは私の死を意味したからだ。

 さて私はこの後どうするべきかを迷った。男の死体を始末して普段の生活に戻るか、それともこの愚行を告白し日のもとに晒して神の命に従うか。生憎の深い夜だ。人は甘えに走るに容易い状況である。私は裏手から周り男の遺体を調べることにした。蝋に火を灯し男に近づける。黒い布に覆われて姿ははっきりとしないが、要所に剝きだした肌は青黒い。妙に血管の浮き出た皮膚に私は死を嫌悪する。思い切って顔に被さる布をめくった時、私は悲鳴を圧し殺そうとして吐き気を催した。涙袋や鼻腔から溢れるものを堪えきれなかった。こんなに醜悪なものを私は今の今まで人と認識していたのだろうか。その面構えは目や口こそあれど人間と呼ぶには遠い様子だった。男の話では彼は病であれど他人と接し、人と認められていたはずである。よもや生まれつきこの顔つきであれば誰も近づきはしないだろう。しかし私にはそれも想像できた。なぜなら男の話の結末を聞いたからである。男がいつこのような形(なり)に果てたのかを知ってしまっていたからである。なればこその好奇心から私は布を剥いだのかもしれない。男の話を確かむように私の手と心は引き寄せられた。それがやはり事実と認めたとき、私はこの男と関わりを持ってしまったことを悔やんだ。世には不可思議なことがあるのだと噂では耳にする。どこか此処より遠くの躯劃では鉱石が命を持つだとか、流星を捕らえたなどと聞く。しかしそれらは今日まで私の中では戯言とされてきた。現実はあまりに私の想像の範疇にあったのだ。しかし今はそれらも信じよう。そしてそれらとの出会いならばまだ幸いと思えよう。私は世の不可思議に対して最悪の形で邂逅を果たしたのだ。それは男の語った「蛙鳴館」なる最悪の不可思議。

素直になろうよ

 三戸部さんは今日も元気だ。教室に入るなり挨拶は明るい。誰もが自分に言われたのかと振り返る。目があった時のニカッと笑う顔。三戸部さんは今日も元気だ。

 

「黙っててくれないか?」

 僕は三戸部さんの秘密を知ってしまう。彼女が人類とは違う生命体だということを。金曜日、彼女が周囲を確認しながら路地裏へと入るところを僕は偶然見かけてしまう。僕は三戸部さんの様子のおかしさが気になって、三戸部さんに気付かれないよう注意して後をつけた。そこに三戸部さんの姿は見えなかったけれど僕は足下の水溜まりに気づいた。

「三戸部さん?」

「ヒャッ!?」

「やっぱり」

「なんでわかったし?」

「不自然だよ。今週はずっと晴れ」

 水溜まりは表情こそないけれどなんだかモジモジしてバツが悪そうにしていた。女の子って感じがした。

「鳩田くん……このことは、その、黙っててくれないか?」

「……」

「な、なんでもする!……いっこだけ……だから、その」

「べつにいいよ。今までどおりで」

「いいのか!?」

「いいよ」

 三戸部さんはたまにこうやって液体化しないとストレスでえらいことになるらしい。ただでさえ生命活動するのが精一杯な地球の暮らしで人間の姿形でいる技術は相当なエネルギーを要するらしく、本来の姿でなければ息が詰まりまくって毎日がスペシャルなのだと打ち明けてくれた。

「あのさ」

「ヒャッ! なに!? なんでもするよ! いっこだけ……」

「そうじゃなくて……しんどいなら無理しなくていいよ」

「え?」

「だから、僕は三戸部さんの正体知ったわけで、今は僕と三戸部さんしかここにはいないわけで、ふだんはともかく今は無理して人間の恰好でいなくてもいいよってこと」

「だがこれは礼儀というかなんというか」

「いつもニカッと笑うでしょ?」

「わたしのことか?」

「無理してる感じがしてた。明るくしてるけど演技っぽいというか。まあ今はなるほどってなったけど」

「そ! そうか!? カーッ! わたしったらそんなふうに思われてたのか! や、べつに騙そうとかそうゆんじゃなくて」

「フッ」

「?」

「フッ……アハハハハ」

「ちょ! 大きな声!声大きな!」

「ああ、ゴメンゴメン。三戸部さんの焦り方があんまり人っぽいからさ」

「人っぽいからさって……ちょっとヘコむよ……そういえば初めてかもしれない」

「なにが?」

「鳩田くんが笑うところ見たの」

「あ」

「あって自分のことでしょ? 可笑しい人」

 

 僕は部屋に戻るとパソコンを立ち上げる。報告のためだ。

「ハトダ捜査官、本日の報告をお願いします」

「地球に逃げ込んだメルティアンの一団についてはおそらく……」

 三戸部さんは言った。宇宙人だって笑うときは笑うのだと。いつも無理しているわけじゃない、楽しいときは心底笑ってるし笑い合えてると思っているのだと。あまりにも、あまりにも人間的な答えだ。

「既に死滅したように思われます。メルティアンの生態はこの星には適応力がありません。擬態能力を持ち合わせてはいますが、それは過度なストレスを与え、姿形を維持するのは困難です。もし仮にそれが為せる個体がいたとすれば……それはもはや地球人といってしまえるかも……まあ、あり得ませんが」

「ハトダ捜査官」

「何でしょう?」

「今日はいつになく饒舌ですね。いつもなら余計なことを言わないあなたが。何か良いことでもありましたか?」

「いえ。ただ感情というものについて考えていました。考えてはみましたが、そうですね。厄介なものです。我々には備わっていなくて良かった」

「あなたの仮説は上に報告をあげておきます。それはそれとして引き続き警戒願います。ではまた明日」

 モニターが暗転すると僕はため息をついてそのまま眠った。

 

 三戸部さんは今日も元気だ。あいもかわらず笑顔でいる。決してそれは無理ではないのかもしれない。僕にはわからない。なぜあの時笑ってしまったのか。そんなもの、いざという時の演技にと覚えただけなのに。

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りありてぃ

 イアン・マキューアン『最初の恋、最後の儀式』を図書館で読んでいた。今や英国を代表する作家といえる(かどうかをはっきり断言するほど僕は彼を知らないんですが)マキューアンのデビュー短篇集……だそうです(ググった)。

 八つの短篇のうちのひとつに、情けない兄貴十四歳が大人の階段登りたさに十歳の妹を誘惑する話がある。これの題が「自家調達」(原題は「Homemaid」)というのも少し可笑しいが、そこに訳者は「おうちでエッチ」とルビを振っていて鼻水が出た。

 他の作品も読んでみてマキューアンの変態性は伝わった。テーマも表立って口にするのは憚られるようなものが多い気がした。

 しかしなんだろう。こうやって読みながら不謹慎なものについて頭の片隅で考えてしまう自分がいる。これはあくまで小説であって実録ではない。似たようなことはこの広い世界のどこかで起きていたとしても僕はそれを知らない。僕は今、ただ目の前のマキューアンの小説から得た情報をなぜだか現実にリンクさせようとしている自分に漠然とした不安を覚える。

 別にいいはずだ。マキューアンが何を書こうとそれは作品でしかない。仮に彼の主張を内包していようとも、それが作品という形態をとる限り読み手は知ったこっちゃない。だが知ったこっちゃないので上部をかすめた僕はマキューアンの不謹慎さを懸念している自分にも気づかされる。

 現実に起きる事件で「犯人はオタクだった、アニメが好きだった、暴力表現に富んだ映像作品を所持していた」などとその犯行と創作物との因果を思わせる報道などに対して、本気にする人と莫迦莫迦しいとする人がいると思う。僕はその因果関係については知識がないのでどちらかといえば後者の立場をとる。オタクだから犯罪に走ったみたいな表現はあまりに暴力的で無思考のように思うからだ。

 しかしながら創作に対して、それを現実に照らし合わせようとする思考が前述のとおり僕自身の中で無意識のうちに起こっている。現実に生きる一人の人間として単純に創作物を作品としてだけに消化するのは案外難しいことなのかもしれない。その段階を経て「マキューアン、バカだなぁ」と今は笑えるが、自分もいつしか創作と現実を結びつけて「マジかよ……」とオカルト的に鵜呑みにしてしまうのかもしれないかと思うと怖くなってくる。……わけないしものの分別くらいはつく大人でいられるよう今後も精進していきたい。マキューアンおもしろいのでオススメ(尚、紹介作品は絶版や。ゴメンな。)。

 

 

最初の恋、最後の儀式 (Hayakawa novels)

最初の恋、最後の儀式 (Hayakawa novels)

 

 

 

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コップかと思って水を注いだら漏るのでよく見たらガラスでさえないアクリルの筒

小沼凛は蝉の亡骸を拾い上げるフリをすると「次を逞しく生きよ」と告げ、それを、土に埋めるフリをした。些か盛り上げたていの土を靴で踏んづけるフリをして均したていにすると川に向かって「ヤッホー」と叫んでみせる。川びこ成らず鳴らず、向こう岸から犬が吠え返した。飼い主の方はできるだけ小沼に気づかないように振る舞っているようだった。
「結果オーライだな」
小沼は約束を果たすためチャリンコのサドルに跨るフリで夏の終わりの冷やこい風を感じながら目元まで被さる前髪を靡かせるということにした。

渡上信乃は昨晩食べた蟹すきの風味をゲップをもってここに召喚した。「日曜の朝には不似合いだぜ」と囁いた後フリスクを三粒一気に口に入れて噛み砕くその刹那鼻の下を羽虫が優しく擦っていった。
「ふあん……」
肩をたたく者の存在。くしゃみの魂は塵となる。
「愛するひとは外部からやってくるのだ」
信乃は小沼と目を合わせた。
「おはよう」
「甲殻類くさいな」
「蟹すきだったんばんごはん」
「ンバンゴハン」
「で? 何? 話って」
「お別れを……」
言葉が詰まって咳払い
「……言おうと思ってな」
「今ごろですか」
「一応約束したままだったから」
「10年以上前の話でしょ? あんたが引っ越してったの」
「引っ越す前に返すって、言ったままだったから」
「もういい」
「よくはない」
「許す」
「困る」
「こっちのセリフだから」
少しだけ風が強く吹いた。信乃は半袖を少し後悔する。
「自転車でここまできたの?」
「厳密には違うけど……雰囲気だからこーゆーのは」
「ふーん」
「ごめん。アレ、返せなくなった」
「知ってる。知ってるしもういい。もういいというかどうしようもないことくらい理解できるし、蒸し返そうとする神経を疑いたい次第」
「あ、蟹の匂い」
信乃は小沼を薄目で睨むと片手でフリスクを口に放り込む。
「だいたい大袈裟なんだよ小沼は。もっと大事なこといっぱいあんのにさ。どーでもいいことだけずっと気にしてる。10年も」
「どーでもはよくない。わたしにはこれ以上友達は増やせないから。だからワタウエのことを気にするのはどーでもいいなんてことにはならない」
「じゃあまた10年か20年か知らんけど、あんたはそんなふうに気にしていくの? 今日何しにきたんだ? 思い出せ。ほら、ほら」
「……」
「まあいいわ。すきにすればいい。私は私で全力で忘れるから。だから……バイバイ」
振ろうとした手はもう対象を失っていた。夏は終わりの区切りがついて、山はこれから朱に染まり。
「別れの言葉……なーんもナシかい。勝手ワロタ」

 信乃は思い出していた。思い出してみてあらためて思うところがあって、けれどもたった今唐突に別れたわけだからそれは無闇に思い出すべきではないのだと言い聞かせながらもまた想うのだった。

 

いつもの

 二日ばかり家を空けていた。新郎の友人として結婚式に参加するからである。

 気づけば夏用の礼服を持っていない僕はそれを揃えるところから始めた。それから招待状に返事を書いた。許されると信じてふざけたことを書いた(描いた)。それをポストに投函した後、昔のことを少しだけ思い返した。やれるかどうかは二の次で夢のような話を口にした僕はもうその頃に居残ったままになっている。その頃に共有していた熱量みたいなものは今になって目を向けると本当にキラキラしていて、眩しくて小っ恥ずかしい。妙に年を重ねて素直でない僕だ。いや、もとより素直なほうではない僕か。なんにも変わっとらんなと思うと呆れて可笑しくなる。

 当日は朝早くに家を出た。それでも会場最寄の駅に下りてからまだ時間に余裕があって、他の参加者で友人の一人に電話を掛け合流することになる。しばらく待つとまた電話がなって顔を合わせる。つい数週間前に見た顔、しばらく見ない顔。いろいろだがいつもの面子だ。顔を合わせれば出てくる言葉はいつもの調子。机に座ってノートを広げ、スタジオに入って楽器を弾いたあの日から、笑って「またな」を繰り返し、今日までそれが続いている。かつて高校生の頃に、教師から「高校時代の友人こそが永遠の友人だ」というようなことを聞いた。その日、僕らの集まりは大学生になってから築いたものだ。先生、お言葉ですが友人関係にいついつだからということはありませんよ。そんなふうに思う。

 式場に着く。式が始まるまでのしばらくの時間、結婚について考える。それがどういうものであれ、このように遠方からも祝いに訪れる人達がいることは良いことではなかろうか。新郎新婦については一世一代の催しである。少しでも花を添えようと集まる人達もどこかで一つの目的を共有する。この一体感はその場でしか伝わらないだろう。それまでの僕らはいつも良いことばかりだったわけではない。時にはぶつかることもあった。わからないこともあった。今でこそつまらないことかもしれないが一緒に苦労もしたと思っている。無闇に美談とするのは憚られるが、そのような日々を含めて今日一日は最良となるべき昂まりを覚えるのだろう。

 緊張する新郎新婦を目の当たりにこちらもそわそわする。静かに見守るより他ない。

 挙式を終えて披露宴が始まる頃には少し和らいだのか、僕ら大学生だった頃の悪い癖。あの日のままとまでは言わないが行儀のよくなさが少しずつ滲んでいた。いつものノリというやつだ。テンションが上がる。僕自身も盛り上げれたならと妙な飲み方をしてしまい、挙句、親御さんに向けた手紙が読まれる間ずっと居眠りしてしまっていた。本当にごめんなさい。周りから叩かれたりしても起きない迷惑地蔵と化した僕を置いて会場は感動に包まれていた(らしい)。本当にすみませんでした。

 薄っすらと聞こえた声がある。親族の方にまで心配される僕を「いつものことだから」と笑ってフォローしてくれる声。新郎の彼だった。水を僕に手渡し階下の休憩所まで送ってくれた。途中エレベーターの中で謝った。彼は言う。「お前らがいつもの感じやから緊張がとけたわ。ありがとう」

 僕は泣きそうだった。申し訳なさもあるがそんなふうに言われるとは思っていなかったので。

 式全体が終わった後も彼は感謝の言葉をみんなにかけてまわっていた。個人的には不甲斐ない姿しか見せれなかった僕だけれど、良き日に立ち会わさせていただいたことをありがたく思う。

 これからも末永くお幸せに。

 

追伸:ようやく自宅に着いたら冷房がフル稼働していた。二日間ほぼ丸々な。些末なことです。

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生垣の果て

 そこは延々と生垣が続いていました。向こう側の御屋敷の敷地は一体どれほどあるのか。終わりの見えない生垣の端から端までを確かめるべく、私は生垣を沿って歩いたのです。もう何歩歩いたのでしょうか。腰につけた万歩計を確認します。そこにはGOOD LUCK !! とデジタル表示されていました。ああ、きっとこれは夢なんだなと思い、頰をつねると頰をつねった時くらいの痛みを感じました。

 さて、まだまだ続く生垣でしたが、私は生垣を沿って歩く途上で初恋について考えておりました。当時は私もあの子も園児でした。なんということでしょう。あれから三十年も生きてしまっていたのです。ジュラ紀には考えられないことでした。けれども齢にして三十路も過ぎた私と同じく、あの子も既に三十路を越えているのかと思うと上手く想像出来ないのでした。何せ六歳であの子の表情は止まっているのです。私が恋した理由。それはあの子が蟻の墓を拵えたからでした。その日、園で亡くなったウサギのゴメス。一説にはメキシカンとされたそのウサギは園児たちのアイドルで、ある朝カチンコチンで発見されたゴメス、その死に我々は大いに涙しました。けれどあの子だけはゴメスよりも蟻の死を悼んでいたのです。同級の女児はあの子がゴメスの死に無情だと批難しました。するとあの子はこう言ったのです。

「蟻はウサギより早く死んでいた」

 死は順序に従って弔われるべきであると。ゴメスの死には痛みを覚えても路傍の蟻、その死を見過ごしていた我々でした。けれども幼い園児たちにはあの子の理屈が理解できませんでした。ただ私はそんなあの子の態度に些か共鳴しました。三時のおやつの際、私はあの子に自分の分のヤクルトをそっと渡したのです。

「なにこれ?」「ほんのきもち」

 あの子はそれ以上何も聞き返さず親指で蓋を貫き、ペロッと指先を舐めてから、穿った蓋よりそれを一気に飲み干しました。ヤクルトの蓋はペリペリ剥がす派の私にとっては衝撃の初恋でした。

 まだまだ生垣は続くのでした。膝に負担を覚えた私はその場にしゃがみ込んでしまいました。すると前方から自転車が向かってきます。運転者は何故かホッケーマスクをつけていました。明らかに不審者でしたが真っ昼間ということもあってか私には危機感というものは希薄でした。キキーッと音を立て私の前で自転車を止めると運転者は礼儀とでもいうようにマスクを外して挨拶をしました。ちょうどマスクの穴の空いている部分に応じて日焼けした運転者の顔には小麦色に焼けた水玉模様が浮かんでいたのです。私は小麦色に焼けた水玉模様フェイスの男の挨拶に応じると、生垣の端は何処まで続いていたかを聞きました。男は此処に来るまで一キロ弱走ったと言いました。ならば私の冒険もあと一キロ弱で終わるのかと思うと少し寂しいのでした。私は男に感謝を述べて先を目指しました。

 男の言っていた一キロ弱を過ぎても、とはいえ体感でしたので実際は過ぎていなかったのかもしれませんが、未だに終わりの見えない生垣に私は嘘をつかれたのだと思いました。けれど男は何の為に嘘をついたのかが疑問でした。ただよくよく考えてみれば真昼にホッケーマスクを被って自転車を運転する人間性が彼だったのかもしれません。ともかく私は先を目指しました。もう足は限界でした。ウオノメとかもできていたかもしれません。そこに痛みが走りました。もう限界かなと思われたその時、見上げた空から何かが飛来したのです。それは地面に直撃した瞬間で爆ぜました。飛び散ったのはパズルのピースのようでした。私はそれを拾い集めて組み立てることにしました。日差しで額には汗が浮かびました。パズルのピースにそれが滴ります。ああでもない、こうでもないとはめ込んでいくうちに陽は落ちて、辺りはすっかり暗くなってきました。パズルの完成は困難でした。言ってしまえばパズルを完成させる必要などどこにもなかったのです。ただ私は生垣と違うものに没頭したかった。生垣もうええやろ、つまりうんざりしていたのです。いよいよ完成したパズルに携帯電話内蔵のライトをあててみると映し出されたのは生垣の写真でした。ひっくり返しました。踏みつけました。紙質がふにゃふにゃになるまで踏み躙りました。土と混ざってくちゃくちゃになったところを蹴散らしました。薄々気づいてはいたのです。緑色のピースの比率が明らかに高く、完成を目指すことは私にとって地獄だと。疲れ果てました。目を閉じました。目を閉じましたので星とかは見えませんでした。風がそよぎます。生垣が揺れます。いや、揺れはしませんでした。それくらい強固な生垣でした。緑が綿密でした。私はいったいいつからこうしていたのでしょう。何故生垣の果てを求めたのでしょう。考えをやめたくても考えは浮かびました。何故、どうして。ですが答えは見つかりませんでした。私は生垣の前に立ち、そっと手をかざしました。葉先が刺さります。(了)

 

「どう?」

「どう……って」

「入賞できる?」

「無理と思う」

「なんでよ!?」

「なんで……って」

「理由は?」

「見当たらへんほうが難しい」

「マキちゃん嫌いだよ!」

「ごめん、これアカンいうて嫌われたなら仕方あらへん」

「マキちゃんあきらめないで!」

「ヒロミ。悪いこと言わんさかい応募はやめとき。字数が足らんとかいう問題やないで」

「え。わたし……才能ないの? アカン……飛ばずにはおれん」

「?! あんたまたビオトープ飛び込む気か!? アホ! そうなんども骨折だけですまへんで!」

「はなして! はなしてマキちゃん!」

「はなさへん! 何べんいうたらわかるん! ここ2階や!」

「わたしには才能ないんや! 才能ないなら未来も絶望や! ほんなら飛び立つんは摂理や!」

「なにが摂理や! アホなこと言うな! おもんない話やったけどおもろいとこも! ……あったような気がしますクーポンマガジンのホットペッパー!!」

 「しょうもな!」

「は!? お前には言われたないねんけど」

「あーーー!」

「あーーー!」

 

 ほとばしる汗は青春が流さなかったかもしれない誰かの涙。あの頃のわたしは校舎の2階から校庭のビオトープに飛び込むのなんてへっちゃらだった。マキちゃんがいてくれたから、マキちゃんがあきらめないでくれたから、わたしとマキちゃんは永遠だ。永遠。終わらない生垣。

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