おきあみ文庫

返却期限を過ぎました。

テルミー

  本多由はSay You Say Meについて考えていた。ライオネル・リッチーのヒット曲であるこの詞の意味について。文法的にも口語としてもよく分からない言いまわしで直訳すると「私を言うと言ってくれ」となりますますわけが分からなくなった。ただ一つ分かることは父親が西友に行くと必ず「セイユ〜セイミ〜」とくちずさむことで、本多は父のようになりたくないと感じていた。けれど遺伝を恐れるあまり本多の意識にSay You Say Meはかえって強く濃く刻まれこうして呪縛と化していた。

 そこへたまたま通りかかった御嶽あづさは本多のめんどくさそうな案件を抱えたオーラを察知して踵を返したのだが遅かった。

「ねぇヘル子! ちょっと教えて!」

「地獄ではなく御嶽です。只今留守にしております。ご用件のある方は前世からやり直してください」

「かたいこと言わないでさあ。教えてよ教えて教えて」

「……い↑や↓だ↑」

 御嶽はカタコトで断った。本多は御嶽の肩に両手を乗せて特にメリットも提示せず「教えて」と念押しした。

「何故! ナニユエ? どうして??  童子-T?? ジブラ? ケーダブ???」

「ヘル子英語得意でしょ?」

「まあ得意かな。お前よりはな。しかしナッティンリーズンでフィニッシュですシャチョさんバイバイねマタキテね嗚呼サミシ嗚呼サミシ」

「待って待って! セイユーセイミーってどう訳せばいいの?」

「知るかクソが!」

「言葉汚くない?」

「汚いな。これ主語お前のやり口な! 面倒押し付けるな! 隔月刊ヒトのきもち購読しろ! 今! すぐ! ハリィ!」

「俺が飼ってるハムスターのバードがどうなってもいいの?」

「民事不介入ですね。特にイかれたネーミングセンスからは人を寄せ付けさせない凄みを感じるわ」

「そっか。じゃあもういいや」

「いやいやコッチは初っ端からお断りしていますね!」

「バードはきっと死ぬよ」

「……」

「ハムスターとしてね」

「……」

「だあい好きなのは〜ひ〜からびた烏賊〜♪」

「ああああもううう!! セイユーセイミーの訳? アナタイウ! ワタシイウ!」

「え? 何それ? ショウジョウ様?」

「特に日本語にはない言い回しだし、つうか英語でもセイユーとセイミーなんて並べて使わないよ。なんだっていいじゃん。それよか大事なことは他にあるでしょ? あんた進路どうすんの?」

「ヘル子、母さんみたいなこと聞くんだね」

「別に好きなとこ行きゃいいけどさ……決まってないんなら一緒の、そのなんだ……一緒のさ、いてくれや道三つうかさ」

「そっか。じゃあ俺ヘル子と同じ学校に進学することにした」

「マジか! マジで言ってんのか!?」

「でね、父さんが西友行ったら必ずセイユーセイミーって歌うんだけどね、俺はそういう大人にはなりたくないんだけどライオネル・リッチー? ジャニーズ? よくわかんないんだけど新譜欲しいな」

 御嶽はなんやかんや牧野の意味不明さを愛していた。御嶽は今日、普段からはぐらかされていた牧野の真意を問うために牧野の元へとやって来たのだった。それは恥じらいのあまり問いになってはいなかったが結果的には期待した答えが返ってきた。そのあと牧野が続けた言葉は文脈が破綻しすぎてよく頭に入って来なかったがそれはいつものことであったし何より進む道に牧野が共にあることが確認できただけで御嶽には充分な収穫だった。この後、牧野は受験に失敗し御嶽とは今生の別れとなり、御嶽自身は卒業後に就職した信用金庫で出会った男性と結婚を経験し、三人の子と五人の孫に恵まれながら伴侶と添い遂げ一〇五歳の大往生となるがその時になっても、またこの地球と呼ばれる大きな星が終わりを迎え新たな生命の息吹へと循環することになってもSay You Say Meについていよいよ意味の通る翻訳が見出せなかったのだった。

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腸炎ビブリオバトル

 今話題の(かどうかは正直よく分からないし既に当たり前の事象なのかもしれないけれど)Vチューバー。ヴァーチャルユーチューバーとかもはや何者? というくらいには歳をくった私ですが、それ自体を話題にしたいわけではなくてその某Vチューバーのアーカイブ放送を何の気なしに見ていたらVチューバーの方が「ケッチャムの『隣の家の少女』は共通言語で実質『よつばと!』」と言ってて笑いました。

 ケッチャムは『隣の家の少女』に限らず感情にくる暴力描写のキツい作風をもつ作家でご存知の方もいらっしゃると思います。隣の〜は某ブックオフでも転がってるくらいの代表作で、所謂シルビア・ライケンス事件をもとにした胸糞小説です。

 一方あずまきよひこ作『よつばと!』は独特の雰囲気を持つ不思議な少女を中心とした日常コメディで、絵のタッチからも察せるに可愛らしい漫画であります。

 この二作の共通点といえば実際女の子が近所に引っ越してくるだけです。作風から言っても彼岸に位置すると断じていいでしょうね。

 その些細すぎる共通点をピックアップしてニアリーイコールとはあまりの暴論でさすがに吹いてしまいました。

 しかし紹介の仕方としては無茶苦茶ながらも気を惹くものであると私は思いました。どちらも知っていた私がこう言うのは感覚としてフェアではないかもしれないけれど、例えばどちらかが公に知られる有名な作品を、ほぼ真逆のタッチで描かれた作品の紹介としてダシにするという手法、或いは作品紹介の上で間口を広げるべく嘘感ぷんぷんでハッタリをかますという方法論に私は「天才か」と感じてしまいました。真面目な方からは顰蹙を買うリスクはあれど私みたいなテキトーに生きてる人間からしてみるとこう言われた方が読んでみようかと思ってしまったりします。さらには既知であってもオイオイオイとツッコミを入れた上で作品自体を振り返る機会が与えられることにもこの手法の凄みを覚えました。

 某Vチューバーの方、なんとなく仰られた一言かもしれませんが私もあなたのような観点で好きな本を誰かに伝えていきたいと思いました。

映画館という提案

 最後に映画館に足を運んだのはいつだったかというようなことを考えてみると日記から三年前だったことが分かる。『草原の実験』という映画をひとりで観ている。

 かつて映画館は僕の中でひとりで訪れるには抵抗ある場所だった。それがいつの間にか誰かと一緒に観たりすることのほうに違和感を持つようになる。一人暮らしが長い所為か何事もひとりの時間が性に合うように思う。このようなことをあえて述べるとさも強がりに聞こえるがまあそういう部分もあるだろう。

 ひとりで映画館に行く。映画が始まるまでの時間はなんとも言えない。特にそれが日暮れに近づけばなおのこと。休みが終わっていく侘しさに浸ることになる。グッズなどには興味がないのでただひたすらロビーの椅子に座ってボーッとしているのだが、その合間にこれから観るであろう映画の内容に少しずつ期待を高めていく。

 さて映画がはじまると不思議なことに一切の現実から遠ざかる。暗転した部屋。疎らな観客。静けさの中の俄かな騒めき。いよいよはじまる頃には目の前のスクリーンがこの世の総てに思えている。

 せっかくなので(今日現在)最後に映画館で観た『草原の実験』について。作品の特徴としては台詞がほぼない。登場人物は表情で語る。ゆえにか観ている側は画に注目できるようになっている。この世のどことも言えない牧歌的な土地での暮らしの風景が映し出され、それはそれで良い雰囲気を持っているのだが、それ以上に主人公の一人である少女の神秘的な美しさが作品全体を引っ張り上げていた。彼女がいれば最悪どう物語が運ばれようと成立する力がある。ラストシーンに賛否があるようだが、仮にそこに作り手の思想が垣間見えたとしてもそんなこと切り捨てて考えて(あるいは何も考えず)彼女の作品に齎す功績を称えたい。またこのような映画はまさしく映画館の大きなスクリーンに映し出されてこそという感想も持った。あの力強い瞳に、そこにいない僕たち観客が目を合わせた時、息を呑む。

 それ以来、記憶や記録によれば映画館には行っていない。行きたいということもないが行けばまた何か見つかるかもしれない。何が言いたいのかよく分からなくなってきたところで物言わずして表現に富んだ少女を思い出し頭の下がる思いがした。

 

草原の実験(字幕版)
 

 

 

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ウエルベック「闘争領域の拡大」

 

 

 

闘争領域の拡大

闘争領域の拡大

 

 


知らん間に文庫化されていたので、これでわけのわからない価格高騰にピリオドが打たれるのではないかと思う。それに際してかどうかはともかく再読してみたのだがまあやっぱりひどい話だと思う。

 闘争領域、つまりは恋愛という戦場におけるモテVS非モテの対立構造を描くと見せかけた敗残者たちの物語。

 主人公はエンジニアの男。彼は俯瞰する。醜男に生まれついた人生の敗北者ティスランを。ティスランは闘争する。恋愛という舞台に登ることが出来ない焦燥感はかえって彼を勝利させない。何をやっても駄目な彼は自分と比べてあきらかに格下である。その優越感はいつしか主人公の存在意義にも思われてくる。まるで自分が何か勝利しているように思われるのはティスランという点がそこに染み付いているからだ。主人公はティスランに最終手段として一握の狂気を与える。ティスランはそれを手に勝利を求めて最後の闘争へと踏み切るもここでティスラン自身の本質が暴かれることとなる。ティスランはどこかでもはや自分に勝利のふた文字がないことを知り闘争領域からさえ身を引くに至る。

 物語はそれをキッカケに牙を剥き始める。染みが消え去って真っさらになった存在意義は無に等しい。主人公は自ずと自分がどちら側だったかを知らされる。格下を相手に酔いしれたツケが回り始めるのだ。ならば自分は果たして狂気によって自身を昇華できるのだろうか。焦燥は譲渡された。

 こと資本主義社会では競争は付いて回り勝利のために努力が要求される。これを怠り立ち位置に甘んじては上昇はない。それが幸せならば問題はない。ならば何故そこに焦燥が生まれるのか。試される大地。fin……

 とまあ身をつまされる思いならば抉られることは覚悟の上だがこのようなヒューマニズムを考えるのはどこか愉しさを覚える。せっかく文庫化したのだし機会あらば一度ここからウエルベックに踏み入ってみてもよいのではと私は思います。

 

 完全に自由な経済システムになると、何割かの人間は大きな富を蓄積し、何割かの人間は失業と貧困から抜け出せない。完全に自由なセックスシステムになると、何割かの人間は変化に富んだ刺激的な性生活を送り、何割かの人間はマスターベーションと孤独だけの毎日を送る。経済の自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に向けて拡大している。セックスの自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に向けて拡大している。

手に負えなさ

 それは何でもいいのだけど、たとえばレコード屋に入った時、誰かの思い出があり、誰かの宝物があり、誰かの探し物があると思う。それを他の誰かは知らなくて、レコードは商品として並べられているに過ぎない。そこへ音楽をかじり始めたばかりの少年少女が現れる。彼らはそこにぼんやりとした輝きを感じるが右も左もわからない。自分の中になかったものを開拓する時のあの手に負えなさはその瞬間にしかない。やがて自分の中にもそのジャンルにおいて良し悪し、と言うよりは好みが立ち現れる。そうなってみると以前よりははっきりとした目的が生まれ探索は幾分か楽になるだろう。

 ここに右も左もわからない頃に手に取った一冊の本がある。あえて名は挙げないでおこう。今読み返してみると全く好みではない。この作者の作品を以来手にしないところからもやはり好みではなかったとうかがえる。ただこの一冊に限っては特別な属性が付いている。それは今や好みを基準に選定した上で手に取った、この一冊以上に自分が評価する作品にさえ宿らない特別な属性が。

 それは純粋な好奇心である。かつての自分は自分の好みすらわかっていなくともそれを手に取ることが出来たのだ。少なくともその当時なりに自分の好みを用いて選んだという見方もできるが、文芸という大きな枠組みにおいて無知でしかない自分が好みも何もないただ読者してみようという衝動的な直観だけでそれを選んだとも言えるのではないか。情報の発達の中でまったくもって風評に左右されず何かを選別するのは困難だが、この頃にはそれが困難かどうかさえ分かりかねる愚直さがあったはずなのだ。それこそ形にこだわったに過ぎないがまったくもって好みでないこの本をいまだに手放さないのはそこを引き摺ってしまうからだろう。何かまだ意味が与えられているような気もするのだ。

 もっと細分化すればこのような心地は何度でもやってくる。運が良ければ束の間の手に負えなさは時として一生の友に出会う可能性を秘めている。

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私のハーゲンダッツ

 おじいちゃんが呆けてしまったのは私が大学入試前のことでした。その日いつものようにおはようと言った私をおじいちゃんは怪訝な顔で見返して「どちらさんですか?」と私に言いました。もともと剽軽な性格のおじいちゃんだったので初めは冗談だと思って「やめてよー」なんて言ってたのですが次第にそれは認知症なんだということがわかりました。そうなってからのおじいちゃんはなんだかわがままになってしまって、癇癪を起こしてはお父さんやお母さんを困らせました。何度言っても飯はまだか? ドラマなんかで見たそのままでした。私はショックでした。どこかでそういうことは現実離れしたものだと思っていたし、まさか自分の家族がそうなるなんて思ってもみなかったのです。

 ある日おじいちゃんは冷凍庫を開けて「不味い、不味い」と言いながら腹立たしげに凍ったままのミックスベジタブルを食べていたのを私が見つけました。「何してんの!」と私がおじいちゃんからそれを取り上げるとおじいちゃんはいっそう不機嫌に机の上にあるものを手で払いのけたり壁を蹴り飛ばしたりし始めました。私が何度やめてと言ってもおじいちゃんはまるで赤ん坊のように聞き分けがなく、お母さんと二人でなんとか羽交い締めにしてやめさせました。私はとにかく悲しくてどうにかして前のおじいちゃんに戻ってくれないかなんて考えていました。

 また別の日、わたしが受験勉強疲れの合間に楽しみにとっておいたハーゲンダッツマカダミアナッツ味がなくなっているのに気づきました。お父さんもお母さんも知らないというし、だとすればおじいちゃんしかいないだろうと思って私は問い詰めました。

「おじいちゃん、私のハーゲンダッツ食べた?」

「……」

「食べたよね?」

「知らんよ」

「ウソ! おじいちゃんしかいないじゃん!」

「知らんよ、知らん知らん」

 私は苛立ちました。疲れていた所為もあると思うけれど、おじいちゃんが認知症になってこういうふうに受け応えしてしまうのは仕方ないことだと思っていてもおじいちゃんが憎たらしくて私はもう呆れてそれ以上何も言いませんでした。私でこうなのだから、かかりきりで面倒をみているお母さんはほんとに大変なんだろうと思いました。

 おじいちゃんはハーゲンダッツが気に入ったようで、冷凍庫からは度々それが消えてなくなりました。私はもう諦めた感じで何も言わなくなりました。けれど私の誕生日、おじいちゃんはみんなで食べるはずだったバースデーケーキを一人で勝手に食べてしまいました。汚く食べ散らかして、台所の床に生クリームがべっとりと落ちてあるのを見た私は抑えが効かなくなりました。

「いい加減にしてよ! いったいどれだけ迷惑かけたら気が済むの! おじいちゃんなんか大嫌い!」

 私は泣きじゃくって声を上げました。お父さんが落ち着かせようと私を部屋まで引きずって行くとき、おじいちゃんは怯えながら「ごめんよごめんよ、もうしませんから」と必死に謝るので私は悲しくてたまりませんでした。どこになにをぶつけたらいいのかが分からなくてどっと疲れが出ました。

 それ以来、私とおじいちゃんは目も合わさずに暮らしました。当然会話もなく、ただ同じ家に住むだけの他人になりました。

 トイレに行こうと思って廊下に出るとおじいちゃんが縁側で休んでいました。すっかり丸くなった背中と痩せ細った手足はまるでアンモナイトみたいでした。大工さんだった頃のおじいちゃんがまだ小さかった私をたかいたかいしてくれたことを思い出してみるとその面影はもうありませんでした。

 その日の夕飯、私は何気なく「おじいちゃんってアンモナイトみたいだよね」と言いました。特に悪気もなく、だからお父さんが私の頰を打った意味が分かりませんでした。普段温厚なお父さんがものすごく怒った顔で私を何度も打ちました。

「なんでよ!? 私が悪いの? お父さんだって迷惑に思ってんじゃないの? おじいちゃんあんなんなっちゃって家族だからしょうがないっていろんなこと諦めて! ちょっとくらい愚痴言ったってバチなんかあたらないよ!」

 私は本音を漏らしていました。私が何気なく言った一言にそれが込められていて、だからそれに気づいたお父さんが怒るのも理解できました。だけど私もお父さんも引っ込みがつかなくて、横にいたお母さんには手出しできないくらい興奮していました。その時でした。お父さんに向かっておじいちゃんが飛びついたのです。私からお父さんを引き剥がした後「ごめんよごめんよ! もうしませんから! もうしませんから!」と何度も何度もお父さんに向かって頭を下げていました。

「違うんですよ、お義父さん」

 お父さんも落ち着いたようで困り果ててしまいました。

 おじいちゃんが部屋に戻った後、私はおじいちゃんに今までのことを謝りに行きました。

「おじいちゃん? 起きてる? …… …… あのね、私今まで何度もおじいちゃんに酷いこと言ってごめんなさい。今日なんてアンモナイトみたいなんて言っちゃった。私ね、おじいちゃんのこと大好きだった。大好きだったのに……日にひっ……日におじいちゃんが、べ……別人みたいになっていって、ッグッグ、それが、怖くて……どうやったら前みたいにすっ好きに、好きに」

 言葉が上手く繋げれませんでした。私がおじいちゃんに対して抱いていた気持ちを包み隠さず伝えようとすると初孫の私をずっと可愛がってくれた優しいおじいちゃんの笑顔が浮かんで涙が止まりませんでした。

「日奈子」

「え……」

「何泣いとるん? たかいたかいしちゃろうか?」

 私はおじいちゃんに抱きついてまた泣き出しました。そうするとおじいちゃんは心配そうにまた私の名前を呼んでくれたのです。おじいちゃんがもう私のことを忘れないように私は精一杯おじいちゃんにしがみついて泣きました。おやすみを交わした時は二人とも笑顔でした。翌朝はまたいつものおじいちゃんだったけれど私はもう前みたいにおじいちゃんに対して嫌な気持ちになることはありませんでした。

 

 それから私は大学に進学し一人暮らしを始めました。それも慣れてきた頃、おじいちゃんは亡くなりました。私はお父さんからの電話の後、急いで帰りました。おじいちゃんの手は本当に冷たくて私は実感しました。とってもおだやかな顔のおじいちゃんを見ているとやっぱり悲しくて泣きそうになるけれど、私はおじいちゃんを笑顔で送ってあげたいと思い必死に我慢しました。葬儀が終わった後、お父さんからおじいちゃんが家の中で度々私を探し回っていたことを聞きました。ちゃんと名前で呼んでくれてたそうです。

 一人で暮らす部屋に戻った私は冷凍庫を開けます。そこにはハーゲンダッツマカダミアナッツ味。おじいちゃん、早くしないとダメになっちゃうじゃん。もう好きなだけ食べていいんだよ。

 

 

春になれば悪魔は

恋しちゃったんだ

たぶん

気づいてないでしょう?

(YUI 「CHE.R.RY」)

 

 小学二年生の頃、菊永君はこの町に引っ越してきた。小学三年生の頃、菊永君はこの町を引っ越していった。それっきりだ。それっきりという言葉は物哀しい。それっきりなにもないことだけを残していく。そしていつかを期待させる。ただそれは起きないと思ってもいる。忘れる日、思い出してしまう日、そしてまた忘れてしまう日を繰り返すなかで私はひとりだ。

 まだ雪の残る坂道で路傍の緑は見え隠れしていて、自転車で下ると風を切って冷たい。赤く染まる頰に感情はなくただ血の通った生き物である宿命を示す。さようなら菊永君。あの日私は確かにそう言っていた。

 まだ斜面が終わらないすがらに見慣れないスーツ姿の誰か。私の気を引いたのは一瞬。日常は音沙汰なく溶ける。

「力がほしいか」

 気のせいかそう聞こえた。私の車輪は動力をやめない。

「汝、力がほしいか」

「うえ? ひゃあああ!」

 変な声が出た。さっき見たスーツ姿の人が私の腰に手を回してタンデムしながらわけのわからない問いを投げかけてくるので。

「だ、誰カッ!! フガモゴフガフガ!!」

「無駄だ。我、汝のまなこのみに顕現せり。我、汝にのみ映る者」

 じゃあなぜ口を抑えるのだ。あきらかに変質者だった。

「汝の門は開かれた。汝、欲せば通ず。汝、避ければその記憶を伏す」

「フコフンゴフガフガフー」

「あ、ごめん。喋れんよね。我うっかり」

「きゃああああ!! 誰かーーー!!」

「ちょ! 汝! ちょ汝!」

 私は脇道に引っ張りこまれる。膝とすねを擦りむいた。

「いきなりは悪かったと思てます。せやけどセオリーなんですねん! 我、これでやらしてもろてまっさかいここ一つ堪忍や」

「なんなんですかあなた! 強姦!?」

「まてまて汝! 汝趣味ちゃいますやん我の。我もっとこうブルボン! って感じのが好きやさかい」

「クソだな! 人に迷惑かけて恥ずかしくないの!? 私は恥ずかしい!」

「ややや、これは取引ですやん。汝にとっても悪くない話ですしお寿司は玉(ぎょく)から入って玉(ぎょく)でしめますやん」

「何!? なんなの!?」

「せやから我、汝らの言うところ神の使いなんです。時に我、悪魔とも。要するに汝は選ばれたんすわ。一つの願いを叶えてやる代わりにその魂をちょびっと齧り取らせてやってクレメンスって話」

「何それ。めちゃくちゃ身勝手! 私頼んでませんけど」

「そりゃピザハットの注文とはわけ違いますさかい頼んだ頼んでへん関係ありまへん。確かに我一方的判断でっせ。せやかて条件聞きはりましたやろ? 別に魂齧ったからいうてすぐ死ぬわけやありませんえ?」

「でもからだによくないですよね?」

「オーガニック云々で言えばめちゃくちゃ悪いですわ。しっかし願いが叶いますんやで? こらべらぼーに奇跡体験ちゅうもんビリーバボー」

「……それって逢いたい人にも逢えたりするんですか?」

「お、汝ノッてきましたな。そんなん楽勝ですわ! ブイブイブイ! ビクトリー!」

「もし私が断ったら?」

「今日のこともこれまでのことも忘れてもらいます。汝が汝であることのすべてを」

「何それ結局死ぬってこと!?」

「厳密には違いまっせ。汝は汝ではない何処かで生きることになるんです。今のと違うお父はん、お母はんと一緒にね。まあ汝らの言うところの機種変みたいなもんですわ。初期設定は我で面倒見ますさかい心配しなや」

「今すごく面倒なことに巻き込まれた気分です」

「言うたてしかたないですね」

「帰りたい」

「言うたてしかたないですね」

「めちゃめちゃムカつくな言い方!

「言うたてしかたないですね」

「それはあるだろ! ……じゃあわかりました。とりあえず答えなきゃ学校にも行かせてもらえないんですよね。私結構めんどくさがりなんで……決めました! じゃあこうしてください!」

 

 春は辿り着いた。雪は残らず溶け去って草花が芽吹く。見慣れた町、見慣れた景色、見慣れた人達。だけど何故だか新鮮だ。季節の変わり目はこうなのかもしれない。俺は何故か誇らしげだ。何か大きな力に立ち向かって屈しなかったような気がする。ただ何処かで誰かの寂しさが聞こえた気がした。俺は一瞬だけそれを思って日常に帰る。

「きーくなーがー! おはよ!」

「ああ、おはよ」

「昔っから朝は元気ないよね菊永は」

「ほっとけ……あ」

「どうしたの?」

「いつ擦りむいたんだろ?」

「転けた?」

「いや。だけど」

 立ち止まった坂道の傍に不自然に雪が積もっていた。雪に違いなんてあるのだろうか。けれどその雪には見覚えがある。手を差し伸べようとした。けれど追いつくことが出来ないままそれは溶けてしまう。

 

 さようなら

 

 そう聞こえた気がした。

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