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モンターグの貸出票

返却期限を過ぎました。

acknowledge the elephant in the room

「ねえ!みてみて!ネンド象!」

「どうみてもストーンヘンジなんだけど」

ストーンヘンジっナンジャコラ!象じゃん!ちゃんと俯瞰してますか?ゾ・ウ・じゃん!」

「駄洒落を思いついたまでは良しとしよう。そのためにわざわざ粘土を買ってきた姿勢も涙ぐましい。ゆえに君の芸術表現に対する才能が惜しい。ストーンヘンジです」

「貴様、我がネンド象を愚弄するか?ならば我とて容赦はせんぞ!ネクロマンシスエロエロエッサイムエコエコアザラシカクマクマヤコン……」

「呪殺のつもりか?なぜ私にこのストーンヘンジを披露しようと思ったのだ。ドヤ顔で3つに割った粘土をまず2つだけ立てて置き、そこに渡すように最後の一片を乗せただけのストーンヘンジストーンヘンジを?」

「何回言うねん!わ、わたしはただ……世界が美しくあればいいと願った。あの日、あの夜空に光った星々はわたしのそんな願いを祝福していた。だのに!だのにだ!なぜこうも貴様は我がネンド象をただの石塊と愚弄するか!?貴様には人の心がわからぬのだ!それでも学級を束ねる長を騙るか!戯け!」

「今私がクラス委員長であることと君がこさえたストーンヘンジストーンヘンジだということの関連性を述べてくれないか?君とまともに議論する気は無いが、けれど私が気がかりなのは私の人生において君という存在を不意に思い出しては何だか可哀想になる気持ちをこの際振り払っておきたいただその一心だ」

「鮭川くん」

「……!? なんだ唐突に!」

「鮭川くん、私は貴方が好きです。誰よりも親よりも」

「お前!お前!」

「貴様が鮭川昇に宛てるつもりの恋文の中身、わたしは把握しています」

「な!?ど!誰だ!私はお前だけには知られまいと……なぜ……貴様ぁあああ!」

「さあ、そなたが前に君臨せしこの雄々しき生物が名を言ってみよ!さあ!さあさあ!」

「違う……ありえない!私がお前ごときに屈伏させられるなどあってはならぬ!ならん!!」

「鮭川くん、どうしてあなたは鮭川なの?私はシャケの皮は残す派です。けれど貴方を見過ごせない。私の目は貴方を常に追っています。これが恋?シャケ?鯵?」

「やめろぉおおおお!それ以上の発言は許さん!」

「ならば言うてみせよ!ネン(nun)……ド象(dadau)」

「ネ……ネ……ネン……」

「カッカッカ!苦しいか?辛いか?涙袋を撼わす顔が健気よのう!さあ言え!さすれば貴様の痴態は我が墓中まで秘匿されよう!」

「おのれ……くっ!はああん、ネン!ドゾォォォおおおお!!」

「あーっはっはっはっは!あーっはっはっはっは!我が勝利!」

「何これ?石?」

「お前!鮭川!?」

「菊永が作ったの?この石。え?なんで花崎が泣いてんの?」

「んなこたどうでもいい!わたしのネンド象を石と言ったことを訂正しろ!」

「象?石じゃん。百歩譲って粘土だろ」

「ガッ!デェエエム!おい!いいか?この花崎はな」

「やめろぉおおおお!」

「お前のことが好」

「知ってた。知ってたよ。けどなんかそういうの確かめるのって小っ恥ずかしいだろ。だから待ってた。これもちょっと恥ずかしいけど。でもさ、嬉しいよ。正直嬉しい。あ、やっぱそうだったんだって今飛び跳ねたいくらいだよ。まあ、ありがとな。菊永」

 

 ちがう。わたしはどさくさに紛れてお前に告白しようと思ったんだ。花崎はお前のことが好きだけど、わたしはそれよりももっと前からお前が好きだって、そう言おうとしたんだ。卑怯だって笑われたり罵倒されたりしたのかな?それでも言ってやろうってそう思ったんだ。けどやっぱダメか。わたしの負けじゃん。石は酷くないか?象なんだけどなあ。

OLお昼に中華屋へ

 お昼休み。私と冴子は最近職場の近くに出来た中華料理屋にやって来た。「中華飯店 桂馬」この実にスレスレな感じが私達を引き寄せた。店頭には春先にも関わらず「冷やし中華はじめました」の立看板。

「うっそ、もう始まってんの」

「季節先取りってかんじだね。あたし冷やし中華にしよ」

 店内に入ると客は私達以外見当たらない。とりあえず端っこのテーブルにつくと厨房から店主と思しき男性が現れ注文をとる。

「なんしやしょ?」

「あたしは冷やし中華!」

「んじゃ私も」

 それから何分が過ぎだろうか。待てども待てども冷やし中華は始まらない。お昼休みも終わりかねない時刻にいよいよしびれを切らした冴子が物申す。

「おじさーん!まだー?お昼終わっちゃうんだけど」

「おまたせしやした」

 満を持して冷やし中華は登場した。テーブルに二皿。カチンコチンの北京ダックだった。

「なにこれ……」

冷やし中華で」

 冷えとかいうレベルを超えていた。なにせ弾かれる箸にフォークにナイフだった。私は散らばった箸とフォークとナイフを拾い集めるとそれを整えて店主の顔をもう一度見た。

「私達の知る冷やし中華に異なる」

「認識、それ即ち個々に背負われし業のもの。嬢さん方の冷やし中華は知らねえが、あっしの国じゃあこいつをそう呼ぶんでさ」

 私はこの北京ダックが北京ダックたる北京ダックであるならばまだしもどうして凍らせてしまったのかと世の不条理を嘆いた。油で丹念に熱せられた二羽の家鴨もよもやカチカチに凍らされてしまうなどと思いもしなかったろう。魂は熱された時に消滅したにせよ、これは愚弄だ。食べ物で遊んではいけないと、このおっさんは教えてもらわなかったのだろうか。はたしてどこの国に油で揚げた鳥を再び凍らせてしまう料理が存在するのか。これは各店舗に出荷される前のファミチキではないか。そもそも中華イコール北京ダックの認識を持ち、尚且つ冷凍してしまうこのおっさんの知性たるやシナントロプス・ペキネンシスのそれではないのか。なにがしたいんですかあんたは?それはついぞ言葉となって口から出た。

「なにがしたいんですかあんたは?」

「気に入らねえなら置いてきな。お代は結構」

 私は二羽分の家鴨の対価たる万札一枚をテーブルに叩きつけた。注文時に冷やし中華と侮って一人前五千円を見逃した私達にも非はある。ここからはプライドの戦いだった。

「智絵、食べよ」

「冴子!何を?」

「あひる、報われないよ」

「冴子!しかし!?」

「食べよ、残さず弔ってあげよ」

「冴子……お前ってやつは」

 私達は歯が折れそうになりながら北京ダックにむしゃぶりついた。徐々に溶け出す水分と混じり合った油がクソ不味い。自然と涙が溢れる。それを見ていたペキネンシスは何を勘違いしたのか感動めいた涙を流しているようだった。法が許すならこの店を爆破したいとさえ思った。しかし冴子の健気にもこの弄ばれた家鴨達に精一杯報いたいとする、冷やし中華を安易に注文した自分の懺悔にも似た姿勢に私も同じ罪人として共にあらねばと考えた。

 いよいよ家鴨が肉体を召される頃、私達二人もまた凌辱の後といった趣きで放心していた。既に午後からの仕事が始まって、私と冴子の電話は鳴りっぱなしだったがそれに応える気力が持てなかった。

「あっしは感動したよ!姐さん方!うちの冷やし中華を平らげるなんて……いや、もう本当にお代はけっ!?」

 私はペキネンシスの口に万札を握りしめた拳を突っ込むと同時にもう一方の手でがら空きのボディにブローをくれてやった。ウポーッ!と言葉にならない声で呻くペキネンシスを尻目に私と冴子は店を出た。薄暗い店内を出ると温かな昼の陽射しが私達を照らし、テカテカの口元は永遠の輝き。「冷やし中華はじめました」の立看板を蹴り飛ばし、私達二人はこれから叱られに行く。

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ヴァンパイア倦怠期

 血を吸い飽きた。長年こんなことを続けていよいよ意味が分からなくなってきた。人間が食事に飽きますか?知らん。そんなことは全然知らん。だって私は吸血鬼だもの。人間せいぜい百歳ちょっとの寿命に対して既に千歳を越えて数えるのもやめた私が血を吸い飽きましたと言って「吸血鬼が血を吸い飽きますか?」などと問える人間がいるだろうか?私はすかさず「千年生きますか?」と問うてやろう。

 そもそも吸血鬼という呼び名も気に入らない。私は鬼などと呼ばれるにはあまりに優しいからです。捨て犬捨て猫見捨てれないし電車でお年寄りに席を譲るのなんて当たり前。まあ年齢から言えば私の方がはるかにお年寄りなのだけれど。

 つまり人間が勝手に鬼呼ばわり(ここでは「泣いた赤鬼」みたいな話は例外とする)しているだけで私はどちらかと言うと「吸血善い人」なわけで、これがいよいよ禁血したなら完全善い人の私です。

 血を吸わない吸血善い人は生きていけるのかという問題があります。さてこのことについてははっきり申し上げて「死ぬ」でしょうね。だって吸血善い人の生命の根源たるはなにかに差し置いて「血」であるからして、血を断つことそれ即ち「死」であると。でもね、もういいかなと思うのです。もう千年以上生きてね、この先何か面白いことあんのかい?とね。ファミコンを初めてプレイした時は感動があった。『悪魔城ドラキュラ』だったんですけどね「こんな吸血鬼おらんしるばにあぁあああ!」みたいに吸血善い人的にはツッコミどころ満載なのもありつつ単純にゲーム性に見惚れたところがありました。それからゲーム機は進化して今やスイッチだかボタンだかを売ってるみたいだけれど全く食指が動かない。どう言えばいいのか、私は血を吸うことそれよりこの生きる限り永遠に続く「生活」に飽いてしまったのかもしれない。一度たりとて全く同じ日はないと言うけれど人生ゲーム千年マップの辛さときたら共感を得れそうにもないが、一例を出せば借りたアパートの(それは時代によって城だったり貧乏長屋だったりするのだが)大家の方が先に逝って住処をおわれるしんどさを想像してほしい。家を買えば済む話だろうと思うでしょ?それが築千年保つか?未だ元気なこの哀しき肉体に家が追いつかないんだぜ?

 だからね、もういいかなと思っていたんだが先日あまりにも暇を持て余して千年生きて初めて遊園地なるものに行ってみた私はアトラクション待ちしていながら目の前に同じように並んでいる女性のうなじが目に映ろうとも相変わらずまったく血を吸う気もしないで、けれど忍耐力だけはあったので二時間待ちとか体感ゼロコンマ二秒くらいだったから死んだ魚の目で立っていました。その時目の前に並んでいた女性に手を繋がれた子供の手にあったソフトクリームが私の着ていたスーツパンツにベチョリンパして膝あたりが冷んやりした。女性、おそらくその子の母親が謝り倒して弁償するなどと言い出したので、ただ一人で観覧車とか言うのに乗ろうとしていただけのこっちがテンパってしまって「私は吸血善い人なので大丈夫です」とか言っちゃってよく分からん感じになったのだが、その後その親子と園内のレストランでお食事イベントが発生して、お子は美味そうにチキンライスを食うとるのを見てからふと母親を見るとなんだか優しい目をしてお子の食事を見守るのが、なんて言えばいいのかな……なんかええなと思ってしまったのです。

 私は親子の姿が見えなくなるまで手を振って、親子の姿が見えなくなると汚れたパンツの膝あたりを見て「生きたのだなあ」と感慨深くなった。もう随分と感じ取れていないこの気持ちは悪魔城ドラキュラ以来、いやもっと別の、もっと価値のある瞬間だったように思う。私にはまだ貯血がある。それがどれほど保つかは知らんが、ゆえにそれまでの間はこういう気持ちを探しながら生きてみるのも悪くはないなと、チーズに韓国海苔を巻いたのつまみながら酔いのまわり微睡む今、そんなことを考えていたなう。

優等生

病的になったり、思い出して悲しみにくれたりしないでいても、人生に悲しいものがあるということを告白しなければなりません。それがなんであるかは申しあげることはむずかしいのです。

(マンスフィールド「カナリヤ」)

  

 中瀬秋は図書室で封筒に入った一枚の便箋を見つけた。それは秋が手に取った一冊の本に挟まれていた。眼鏡をかけ髭を蓄えた老人の顔写真が表紙のその本の真ん中の頁あたりに挟まれていた封筒を秋は好奇心から開封してしまう。読んでしまった今、それは後悔になった。それを書き記した主が誰かは分からなかった。封筒にも便箋にも名は連ねられてはいなかったので。ただ綺麗な字であった。それでいてワープロで記したような無機質さのない温かみのある手書きの字であった。ゆえに手紙の内容がまさしく遺書であることが秋にはいたたまれなく思えた。既に夕暮れた校舎の窓には夕陽が差して物哀しさを助長する。秋は便箋を内ポケットへ隠すように忍ばせると本を棚へと戻して図書室を出た。

 秋は自室の机で再び遺書を開いた。あまりに短い文章に書き手の人生が集約されていた。憂いの言葉はない。寧ろどれだけ素晴らしい生き様であったか、そしてそれが周囲の人に救われる形で齎されていたかということが記されている。それでもこれを紡いだ筆者は死を選ぶ。秋にはどうにも理解し難い感覚であった。果たしてどのような人物だったのか。秋は遺書の主を想像した。字が表す人物像は清廉な女性を思わせた。自分が男子であることが余計にそう思わせた。

 秋は考えた。果たしてこの遺書の主は決意のままにこの世を去ったのか。それとも今もどこかでそれを躊躇いながら生きているのだろうか。どちらにせよ手がかりはこの遺書以外になく、秋の推理は途方に暮れた。

 

「ちょっと!中瀬ってば!」

「……」

「もしもーし!シカトすか!?」

「……あ、美作さん。どうかした?」

「どうかした?じゃないわよ!あんたが言ったんでしょう?銀島先生から頼まれてる新入生オリエンテーションに向けての資料整理!暇だから手伝うって!」

「あ、そうだったね。ごめん」

「何?なんか上の空なんですけど」

「いや、なんでもないよ」

「ならいいけど。しっかりしてよね!」

 秋は考えていた。遺書の主は目の前の美作キミカのような女性とはかけ離れた人物なのだと。最初は同じ年頃かとも思ったが何かの偶然で図書室の本にそれが挟まれていただけで、実は学校関係者とかではない大人びた女性ではないかと。遺書の主は文章の中で自分がこの学校の生徒であるとは明言していない。ならばその人はいったいどこの誰なのかを考えると何も手がつかなくなっていた。美作キミカに何度も注意されながら資料整理を終える頃にはすっかり陽も落ちて辺りは暗く、街灯が帰り途を照らしていた。

「中瀬、あんたのせいですっかり遅くなっちゃったよ」

「すまん」

「素っ気な」

「ごめん」

「あんたさ、何か悩んでんの?」

 秋は思った。自分と遺書の主にだけ共有されている秘密を美作キミカに打ち明けるべきだろうかと。確証はなくとも死を自らに付随させているような今の状態が少しずつ心苦しくなっていた。何か背徳の思いがあり、それに自らも飲み込まれてしまいそうな予感が秋には重荷に感じられた。

「あのさ」

「何よ?」

「……いや、なんでもない」

「……」

 美作キミカの溜息はまだ少し肌寒い夜の空気に色こそ着けはしなかったものの、生者のそれとして溶け出すと、やがて何事もなかったように混ざって消えた。

 

 中瀬秋は出来るだけ高い場所を目指した。それは港と埋め立ての人工島を繋ぐ巨大な橋の丁度真ん中あたり。秋は真下の海を見つめた。背後では車の往来が続いて、時折大型のトラックがけたたましいエンジン音と共に風圧を起こして、その勢いに飛ばされそうになるあの遺書を秋はしっかりと握りしめていた。か細い声で、けれど言葉として、秋は今一度遺書の中身を読み上げた。走行音に邪魔されて殆ど誰にも聞こえなかった音読は最後の一行を言い終えると役目を果たしたかのように秋の手から離れ宙を舞った。しまったと思いはしたが、次の瞬間には後悔はなかった。秋は呪縛から解き放たれる思いで体が軽くなるのを感じた。風に撒かれて小さくなる一枚の紙は徐々に海の方へと吸い込まれ、秋の視力では視認できないほどのところまで飛んでいってしまった。街へ引き返すため自転車のスタンドを上げる。一度だけ海の方に視線を戻した。ずれた眼鏡を整えたところでそれはやはりもう見えなかった。

 

 

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でんせつの剣

 私がそこに到着した時には真壁琴美が地面に突き刺さった、おそらく剣のようなものの前で立っていた。私の自転車がたてたブレーキ音と地面とタイヤの擦れる音に気がついた真壁はこちらに振り返るなりこう言った。

「でんせつの剣になります」

「真壁、よく考えよう。この時代にでんせつの剣は要らない」

「あれば引き抜くのが勇者。そう思わんかブリュセルヴァリシュよ」

「私はブリュセルヴァリシュではない。美作キミカその人です」

「おまえがミマサカでもブリュセルでもそんなことはどっちだっていい。これがでんせつの剣である以上、そして私の中に流るる竜の血がそれを引き抜けと……そう言うんだな」

「真壁、おまえには父達雄、母絹江の血が流れているだけだ。達雄がせめて辰雄だったらな……」

「キミカ!能書きはもういい!とりあえずこいつを引き抜くのを手伝いなさい!」

 おまえがな、そう思いながらも私はでんせつの剣らしきもののグリップ部分を両手で握り締め、引力に逆らう形で全ての力を解放した。迸る汗は春先ながら夏の始まりを予感させる。

「無理だ」

「待て!諦めるのはまだ早い!ネバーロボコップ!」

「いや、無理だ。かたすぎる。錆びたジャム瓶の蓋くらいのかたさだ。朝食はバターでいこう」

「バキャヤロー!こんなチャンスめったんないぜ!でんせつの……剣!」

 私は真壁の真剣な表情を前にこいつを嫌いになれないなと思った。でんせつの剣を諦めさせる方法を考える方が引き抜くことより一万光年速くとも、私は真壁の想いと共にありたいと感じるのだった。

「わかった。あいつに頼んでみる」

 私たちは待った。その間に真壁が近くのコンビニで買ってきてくれたモナ王を二人で分け合った。ひとつだったモナ王はちょうど半分のところで袂を別つと中から少し黄味がかった白い顔を見せて私たちを誘惑した。春に合わせて下ろした黄緑のカーディガンを脱ぎ捨てて剥き出しになった私の二の腕あたりにカメムシが張り付いた。

「うわ!くっせ!う、うわー!キミカくっせ!」

「ちょ!取って!勇者!勇者とれよ!」

「鎮まれ!」

 私たちがカメムシで騒いでいる最中に喜多森市子は登場した。

 「ちゃあ。琴美もキミちゃんも久しぶり」

 そう言ったのは市子の兄、玲司である。

「で、こやつがでんせつの剣とな。なるほど、面白い!兄者、やっちゃってくれ!」

 市子の号令に従って玲司はでんせつの剣のグリップ部分を両手で握り締めて、引力に逆らう形で全ての力を解放した。玲司の整った顔立ちがピカソ分析的キュビスム時代の如く分解され始めるも、でんせつの剣はピクリともしなかった。

「無理や」

「男手でもダメか……」

「出席番号五番!喜多森市子、いい案がありまあす!」

「よし、喜多森言ってみろ」

「とりあえずスーパー銭湯で汗流そうぜ!」

 市子のサム(親指)の先に「ほのぼのの湯」という大きな看板が見えた。

 

 私たちが風呂から上がると玲司はマッサージチェアーに揉まれながら漫画『孔雀王』に読み耽っていた。

「お、女湯はいい塩梅でしたか?おっせえから八百円も使っちまったや」

 十分百円のマッサージチェアーの表示に私たちは一時間以上も風呂に浸かっていたのかと自覚した。

「真壁、もういいよね?」

「何が?」

「でんせつの剣」

「うん……もういいかな」

 

 これがあと十年してアラサーになった私たちはでんせつの剣について語り合うのだろうか。なんだったんだろうね?かたかったねー、とか何とか言ってる私たちの誰かは結婚しちゃったりして子供までいたりしちゃうんだろうか。何もわからないけれど私たちは今この十代を生きていて、その先を想像してみたりする。いつかは過去になるその全ての中にでんせつの剣を引き抜こうとした今日が刻まれていた。

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シールの世界

 シールが好きです。幼き日より壁にシールを貼りまくって叱られていた私はその情熱を静かに、しかし絶やすことなく灯し続けてまいりました。

 私が小学校低学年の頃、級友の間ではシールの交換が流行していました。各々シール帳なるコレクションノートのようなものを持っており、各自持ち寄ったシールを交換するのです。

「わあ!○○ちゃんのケーキのシールんんぎゃわ愛いい!あたしの椎茸のシールと交換しお!」

「なんで椎茸やねん!」

といった具合にシールを制すもの校内を制すみたいな文化が根付いていたのです。私はシールが好きでしたがシール帳は持っていませんでした。どこかそのシール交換という事象を斜に構えて眺めていた気がします。なぜなら交換されるシールとは謂わばそれを媒介としたコミニュケーションツールであってシール自体への愛は交換されたその刹那より消失している気がしてなりませんでした。んんぎゃわ愛いいケーキのシールもなんでやねん椎茸のシールも一度シール帳に収まってしまえばコレクションの一つとして埋もれ、いつか再び交換されるまで日の目を見ないと。このようなものはいずれ興味の消失とともに捨て去られる運命を避けることが出来ないのだろうと。

 今考えれば嫌な子供でした。素直さに欠ける点は今でも残っている気がします。ですが、それでも私はやはりシールは貼られてなんぼではないかと言いたい!貼られてなんぼではないかと!シール帳に貼るというのではなく!何か自分の持っている物のワンポイントとして貼ったらんかいと!

 ここで一つ、シールが危機を救った話をしましょう。私は田舎の出身で、我々の十代といえばろくなものではなかったように思います(それでも楽しかったと胸を張る)。地元の不良に絡まれた友人達は先ず携帯電話の電池カバーを剥がれました。そこに彼女とのプリクラ(プリント倶楽部ってやつですね)なんて貼ってた日には制裁みたいな具合に理不尽な世界でした。その中の一人はプリクラこそ貼ってはいなかったのですがとあるシールを貼っていました。

「お前……なんで上戸彩のシール貼ってんねん?」

「ぼ、僕の彼女です……」

「お前なんやねん!おもろい!免除!」

 倫理を語れば許されるもへったくれもない罪なき友人達なわけですが場を掌握している不良少年が絶対の中、一筋の光明は上戸彩でした。それを僕の彼女と言った彼の胆力が理不尽な暴力を制した瞬間でありました。私は他人事のように笑いながらも、シールの持つ力に妙な感動すら覚えたと記憶します。

 

 ともあれ、シールが好きな私は当時当時の他の興味にそれを貼り付けてやることでシール欲を満たしてきました。

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 学生時代に買ったギター(愛称:風呂のタイルダンディ)にもロフトかヴィレバンで買ったペンギンのステッカーに雑誌のオマケでついていたホグロフスのシールをくっつけて貼っています。昔はもっとベタベタ貼ったり落書きもしてましたが今はこれだけ。

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 プライバシーとしてのブックカバーが逆に恥ずかしみを帯びていく具合にシールの貼り場と化しています。

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あとどうでもいいけど実家のミルタンク

 

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新しい朝

新しい朝が来た 希望の朝だ
喜びに胸を開け 大空あおげ
ラジオの声に 健やかな胸を
この香る風に 開けよ
それ 一 二 三

(「ラジオ体操の歌」)

 

 昨晩から妹が私の部屋に転がり込んで来ていた。妹は旦那と喧嘩したらしく、家出して私にしばらく泊めてほしいと言った。私はマンションに一人暮らしで、それにしては広い部屋だったから妹ひとり泊めてやるくらいはどうということはない。けれど私達は幼い頃から仲良し姉妹というわけでもなく、一言目は「なんで?」それに対して妹も「関係ないでしょ」そのままなし崩しに私は妹を泊めることになった。私はその夜、妹の愚痴を聞かされる。その日の朝ごはんは旦那の当番だったらしいのだが、食卓に納豆とバナナが並んだことにひどく怒っていた。私はわりと無頓着なので何方かと言えば妹の旦那の肩をもってやらないでもなかったが、少し大人になった私は妹の話を黙って聞いた。

 納豆とバナナは引き鉄。妹の話を聞いていくうちにそう思った。それまでに溜まっていたストレスがはち切れた。主な理由はそんなところだ。旦那の母親、つまりは姑からご世継ぎ問題でだいぶ圧がかかっていたらしい。いつになったら孫に会えるのか、そんなことを遠回しに言われるという。私たちの親はその辺うるさくない。孫どころか結婚すら気にならないらしく、おかげで私は未だに独身でいる。だから妹の悩みも正直なところよくわからない。たしかに日々そのような小言がまとわりつくのは私だって真っ平御免だが当事者ではないから苦痛は分かり得ない。妹が一通り文句を言い終えた様子のところで私は「バナナ納豆くらい許してやれよ」と言った。妹は再び眉を吊り上げて「お姉ちゃんは何も分かってない!昔からいっつもそう!」と涙ぐんだ。

 たしかに私は妹の悩みがわからない。けれど昔とは何の話だ。私は妙なところで引っかかった。なら既に旦那がいる妹に独身の私の気持ちが分かるというのだろうか。はてさて悩みなどとは人それぞれの抱えたその人の業のようなものではないのか。私は妹こそ身勝手に思えてくると、些か冷静さを欠いて言い放った。

「あんたが幼稚なだけでしょが」

 妹は私のこめかみを凄まじい握力で抑え込んできた。私とてふざけるなと妹の頬に思いきり張り手をくれてやる。するとエスカレートした妹の怒りは私の肩を掴んで関節技を決めてきやがる。私はすぐさま体制を変えて妹の顎を掴み、引っ張り上げて背骨を逆海老反りにしてやると妹は「ウッ」と静かな呻きをあげた。私が流石にやりすぎたかと刹那緩めた力の隙をついて妹は私の顔面に頭突きを見舞った。

「てめ!嫁入り前ぞ!」

「一生いけるか!クソタコ南京虫!」

 幼き日、私たちの激情を鎮めたのは両親の叱りだった。しかし今や私たちは老いの申し子であり、体力の渇望から息絶え絶えの二人である。私も妹もゼェゼェと息を吐きながら二の句が告げないでいた。そのあとは終始会話もなく私たちは別々の部屋で眠った。はじめて広い部屋を借りてよかったと思った。

 

 今朝、目が覚めると妹はもういなかった。テーブルの上にはおにぎりが二つ。わざわざ炊いて握ったらしい。案外主婦をやっているのだなと少しばかり感心した。おにぎりの隣にはメモ代わりだろう。納豆とバナナが置いてある。たしかうちには納豆もバナナもなかったはずなので買ってきたのかと思えばいろいろと莫迦莫迦しくなってきた。妹はあれで旦那が好きらしい。私は結婚も悪くはないなとちょっと強がったりした。新たな一日の始まりに私たち姉妹は今日も少しだけ前進した。

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