アントーニオの肉一ポンド

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草森ゆき『アンダードッグ』を読む

 

 田舎町を舞台に少年と犬好きの男の交流を描く。こう書くと実にアットホームな印象を受けるがそんなはずもなく。

 舞台となる町は鬱屈とした田舎特有の排他的な暗さがある。その町に育った少年オリバーは同郷である人間からの暴力に晒されながらゴミ漁りなどで生活をしのぐ中々に過酷な暮らしをしていた。そんなオリバーの唯一の安らぎが町の外れにある森の中にあった。いつからだかはわからないがその森にもう一人居着く者が現れる。ロベルトと名乗る彼は町の人間でなかったがこの付近で大事な飼い犬が行方知れずとなり離れられないでいた。ロベルトは犬を探すためにオリバーを協力させるのだが、このロベルトという男、口調はいかにも穏やかながら言動はやけに物騒で、オリバーに対しても協力を求めるというよりかは支配といった表現が正しい。普通ならばこのパワーバランスに耐えかねてオリバーが狂うか、もしくはもとより狂気的なロベルトの我慢が限界に達しそうなものだが、ここでオリバーの境遇が活きてくる。彼は常々虐げられて生きてきた。さらには無知無学でものを殆ど知らない。その染まり具合から本能的にはロベルトの狂気を悟りつつも常識に捉われずそれがかえって余計な物怖じをさせないといった噛み合わせを生む。奇妙な経緯ではあるが狂人に対して発揮される冷静さは物語後半にも活躍を見せる。ともあれオリバー少年のキャラクター造形は見事だと感じた。

 一方でロベルトはと言えば好きな人はとことん好きになるようなフェティシズムの塊みたいな作りになっており一般的にはいびつな性格と評せざるを得ないがこの作風の中では安心感として成立している。絶対に負けない(死なないとは言ってない)というような頼もしさが備わっていて、つまりその庇護下にあるオリバーにとっても強固な盾となりうる。ロベルトの狂気は田舎町の退廃した空気よりも暗く、圧倒的な格差で飲み込むことが出来るのだ。

 そんな無敵のロベルトの弱点として唯一置かれたのがこの物語の目的でもあり主軸となる行方不明の飼い犬である。その飼い犬の所在を掴むべく二人は協力関係を結ぶのだ。といっても行動するのはほぼオリバーとなる。オリバーはロベルトに命じられるまま彼の愛犬アレスの足取りを追うのだがこの辺りの場面には緊張感があって大変良い。ロベルトの立てたプランに沿う行動ながら無敵の盾であるロベルトと離れた状態のオリバーでは危険が伴うのだ。その緊張感の中でオリバー自身にも成長を感じる瞬間がある。オリバーはロベルトの言うままに行動する中で事の運びが上手く行きすぎることに関心するもそこへ自らの推理を足すのだ。これは今までカースト下位にいたオリバーにとって冒険である。ロベルトの手順に沿えば上手くゆくことを学びながらも自分を出すのだ。これもまた無学ゆえの行動とも取れるが同時に蛮勇なる言葉がある以上勇気でもある。

 やがて真相に辿り着く頃にはオリバー自身も窮地にさらされるのだがここでようやくアンダードッグである。流石はロベルトというところかオリバーの勇気も彼の手の内だ。けれど見せ場はロベルトだけのものでもないともう一展開。オリバー、やります出来る子です。そうして収束に向かう頃には随分と爽やかな印象がある。ロベルトがおらずともオリバーには幾らかその強度が継承された様子を表したように感じた。

 

 物語はノワール的な洋物サスペンスの空気を纏っており事件と捜査、そしてその解明までをコンパクトに収めつつもキャラクター性が豊かで読み応えがありました。すごいね草ちゃは! 一生ゴマすらさせてください! もうなりふり構わないよ! 宣伝もしちゃおう! 草ちゃこと草森ゆきさんの初書籍化作品『不能共』が本年4月24日にて発売決定しております! 紙の本で買いなよ(電子書籍もあります)