アントーニオの肉一ポンド

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和田島イサキ『泣かないで青葉さん、どうしても泣くならそれ僕にだけ見せて』を読む

 1969年生まれ。父ブランブルー、母タニノチエリ。

 異父兄に2冠馬タニノムーティエ

 兄タニノムーティエ菊花賞を最後に引退した翌年にデビューする彼は兄の雪辱を晴らすことを期待されていた。しかしながら3歳でデビューするも4戦1勝と成績は振るわず、骨折で休養、さらには休養中にまた骨折と結果的に1年半以上の休養を余儀なくされた。

 一度は引退も覚悟されたがスタッフの献身によって5歳で復帰。彼は遅れを取り戻すように重賞を連覇。ようやく射した陽の光。迎えた有馬記念は健闘むなしく4着に終わり再び休養に入る。

 その一年後、6歳になった彼はもう古馬である。ところが京都大賞典、オープン競争を連勝し再び有馬に挑むこととなる。スタート直後から一気に先頭に抜き出た彼はそのまま2着馬を5馬身差で突き放し圧勝。前年の雪辱は果たされ、その後の成績は兄タニノムーティエを越えるものとなった。

 

 タニノチカラ。今なお語り継がれる伝説の走り。英雄はいつも遅れてやってくる。

 

 

 さてさて今年もこの季節がやってまいりました。何の季節かって? では先ずはこちらをご覧ください。

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いずれ来る鮫の迎えの鉄仮面わらべは見たりその花咲むを - 泣かないで青葉さん、どうしても泣くならそれ僕にだけ見せて(和田島イサキ) - カクヨム

 

 そう! vs和田島イサキ! そうこなくちゃ! 新年度、参ります。ネタバレ? ……御無礼!(ネタはまあバレます。だから読めな↑↑↑)

 

 

 舞台は近所のスーパー「いなとく」。ここでなぜか泣きそうになっている(というか泣いている)学年一の才媛、青葉さんを発見する「僕」。応対する学生バイトの女性も戸惑っている様子だ。こんな時、人は天を仰ぐかスマホで盗撮するほかないと「僕」。はい、いいですよ。ちゃーんとおかしいお前。和田島イサキそうこなくちゃ!

 普段、そのような顔を見せない青葉さんのレアリティは悟空が天使の輪っかつけて空からアバヨのポーズしてる絵のカードダスくらいキラキラしているのだからそりゃ手中に納めたいのが男の子というもの(※盗撮は犯罪です)。当然ながらそれは罪として裁かれ床に正座させられ怒られが発生する。バイトの女性もどうすんだという感じ。そんな今日は実はスーパーいなとくの大創業祭。祝祭の地に小さな黒点、歪さは滅びの音か、それとも新たな伝説の始まりか。

 

 ともあれ不可解な状況は一つずつ解きほぐしていかねばなるまい。とりあえず何故泣いてたかくらいは聞いてみようかと「僕」。対して泣いてた青葉さんの風体は日頃優等生として凛と佇む彼女の面影をジェノサイドしてしまっていた。「すごい服着てるね」紳士たれば思ってはみても言ってはいけない。彼女は上手いんだか下手くそなのかわからないアヒルの絵がプリントされたオーバーサイズかつ真っ黄色のフーディ、確かにすごい服を着ている。でもいいじゃないか。制服というのは個性と引き換えに便利ではあるけれど、私服はそういう冒険の歴史に学ぶある種より教育的な側面を持ったものなのであって青葉さんは冒険の中で、いま一番技量の適正化された装備を纏っているのだから。可愛いねと言ってやれ!

 すみません。些か取り乱しました。気を取り直して読んでいきましょう。「僕」もそれはそれでオシャレだと認めた様子で、すみませんほんとオタクがいきがっちゃってさ早とちりでした。ギャップに理解のある彼くんで良かったです。

 ここでロードバイク一輪の存在が明かされるわけですけれど、それが示すところは彼女がそれに乗って遥々住まいから遠いスーパーいなとくの支店にやって来たのだという気づきです。ここにも冒険の示唆があると同時にまた青葉さん+自転車=一輪の花=孤高といったメタファーが見えてくるわけです。さあ! もう! ここで断じてしまいましょう! これは奇跡と英雄の物語である! ポエティックファンタジア! 伝説の幕開けでございます!(息切れ)

 

 とはいえまだピースが足りません。何が奇跡で何が伝説で何が英雄かはまだここまでではわかりません。そのところを今から説明していきます。

 青葉さんが遠くのいなとくにやって来たのは福引を引くためでした。大創業祭に際して行われる地方の小さなクエストです。青葉さんが手にした福引券の数は尋常ではない様子で、その懸ける想いもまた一入であるってわけ。ところがやっぱり出る杭は打たれる運命にあり、それだけの数の福を引いたならもうこの店は使えねえなと人の目を気にしてしまうお年頃なわけで、やってることは草場を根絶やしにして移動するバイソンの群れに等しいですが思春期の気まぐれと許してやってくださいね。でまあ遠路はるばるあらたな狩場にやってきた青葉さんは現時点で負け越しておりました。狙うは無論一等賞でありますが目に映るのは無垢で頼りない白い玉ばかりです。残された灯火は風前の三枚。彼女は孤独と戦ってきたのです。漫画『金色のガッシュ』の主人公がひとり、清麿少年のように孤独な。ですが清麿が出会いと別れを繰り返す中で助け合うことの尊さを学んだように、青葉さんもまた「僕」と出会ったのであります。

 

引かせてくれないか?

 

 皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか? 私が冒頭で述べましたように、英雄は遅れてやってくるのです。青葉さんから繋がれた希望の三枚。男は戦さ場に立つ。やってやるぜ、だからスマホ(盗撮ツール)を返してくれと。

 ところがこの彼、トリックスターでした。英雄譚にはいつだって掻き回し役が存在し、苦難の旅路へと誘導してくれます。そして奇跡は容易く起こらない。白き珠三つ降り立ちて勇ましき者の膝を折る。敗北です。

 

 はいおわり終わりー撤収撤収ーッと撮影クルーが片付けを始めていた最中、ひとりのスタッフがこれまで確かに映っていたけれどスルーしていたところに気がつきました。監督は慌ててカメラをまわせ! と映し直した先にいたのは学生バイトの女性だったのです。青葉さんがこの遠くのいなとくで出会ったのは何も「僕」だけではありません。バイトの女性、完全にモブに徹していた彼女がすべてを回収し始めます。奇跡も、英雄も、物語も。どんな宝石よりも輝きを放つ胸元のネームプレート。

しまむら笑顔で接客中」

 辺境の無銘、ここに真名を授かって英雄を為す。アーサー王が引き抜いたあの剣、RPGの初めに出てきながら中盤終盤まで屑鉄のようなあの装備。それはすべてのピースを獲得した時、苦難の旅にあって強力な友となり得るのです。ここから先の奇跡については原作を読んでください。これは紛れもなく戦いと奇跡のファンタジア。私が語れるのはここまでです。ありがとう和田島イサキ。課金させてくれ。